64.4回まわれば

 R子さんが10代の頃、ある男とドライブに行った。
 眺望が開けて海まで見渡せるとっておきの場所に、連れて行ってくれると聞いていた。
 しかし山道に入ってすぐのあたりで、おそらく曲がるところを間違えたらしい。この当時はカーナビも携帯も無かった。「あれ?」とか「ここじゃねぇな」とか呟いているので、R子さんが道路地図を調べて、こっちではないかと告げても無視する。「俺はここらの山は走り慣れてる」「黙って任せとけ」とそのまま進むのだった。
 1時間が過ぎ1時間半経ち、さすがに男もおかしいと思っていたらしい。「脇道がないかよく見ていてくれ」と言い出した。ずっと舗装されていない道路を、土埃を巻き上げながら走っていたので、窓が汚れていた。R子さんは窓を降ろし、顔を出して注意深く見ていた。
 片側が谷で片側が急斜面の森になっている細い道が、ずっと続いていた。しばらくして森の斜面の下に小さな作業小屋のような建物があるのを見つけた。小屋の前で椅子に座っている老婆がいる。老婆はこちらを向いて何か口を動かしていた。R子さんは「あのお婆さんに聞いてみよう」と言ったのに、男は車を止めなかった。「ここじゃ道が分かってもUターンできない」「分岐か広場に出るまで行くしきゃないだろ」とさらに進んでいった。
 数分後、また森の斜面の下に作業小屋が見え、老婆が座っていた。こちらを見ながら何か言っている。通り過ぎる時にそれがわらべ歌のようなものだと分かった。「3回まわれば⋯」後の部分は聞こえなかった。
 R子さんはゾッとした。「さっきのお婆さんだわ」「まっすぐな道のはずなのに戻ってるじゃない」男はR子さんの声が聞こえないかのように、無表情で運転していた。だが数分後、また斜面の下に作業小屋が見え、老婆が唄っていた。
「4回まわれば地獄行き」そう聞こえた。
 R子さんは気付いた。「今3回目だ」「4回まわったら⋯」耐えられなくなって男に車を止めるよう訴えた。男は車を止めた。額に汗が浮かんでいた。
 長い間黙って何か考えているようだったが、そろそろと車をバックさせ始めた。「戻るしかない」「道幅は狭いけどほぼ真っ直ぐだし、ずっと他の車は来なかった」「バックして抜け出せるかやってみる」泣き出してしまっていたR子さんに、「大丈夫だ」と言った男も青ざめていた。
 数分後、小屋の前に差し掛かると、老婆は膝を叩いてニヤリと笑った。
 さらに数分後、小屋の前で老婆は手を叩いて喜んでいるようだった。
 そして数分後、小屋の前で座っていた老婆は、立ち上がって小屋の中に消えた。
 その後すぐに広い道路に出て、二人で地図を見て場所を確認した。R子さんはもうどこにも行く気になれず、そのまま家に送ってもらった。
 この時の男とは2度とデートしなかったそうだ。

2023-12-31

63.あるはずがない

 Sさんがある海沿いの道を運転していた日のこと。
 急カーブが続く区間で、Sさんのバンを追い越していく家族連れのセダンがあった。その先はヘアピンなので「おいおいそんなに飛ばすなよ」と思った瞬間だった。カーブの先で、ドカン・ガシャンという大音響と共に悲鳴が聞こえた。
 スピードを落としてゆっくり角を曲がると、見えてきた光景に、Sさんは唖然としてしまった。
 道が突然途切れ、道沿いの丘と同じくらいの高さのコンクリート壁が、行く手を塞ぐように立ち上がっていたのだ。
 セダンは壁に衝突していた。車から出て怪我人を確かめようか、それともまず先に救急車かと、携帯を探している時、背後でまたドカン・ガシャンという大音響と共に悲鳴が聞こえた。後続車がSさんのバンに衝突し、Sさんは弾き飛ばされていた。
 救急車で病院に運ばれた後、事情聴取に来た警官に、壁のことを話すと「あぁ壁ね」とため息をついた。
 セダンの家族も壁に衝突したと言っていた。しかし壁なんて無かった。あるはずもない。現にセダンには、多重衝突で後ろからSさんの車にぶつけられた跡はあったが、フロントは綺麗で、家族全員大した怪我もなかった。
 そんなはずはないとSさんは主張したが、事故で頭を打った人と思われたのか、あまり話を聞いてもらえなかった。いずれにしても最初にあんな所に停車したセダンが悪いのだから、心配するなと言う。
 Sさんもあの道路は何度か走っているので、壁なんかあるはずないと思いつつも、釈然としない出来事だった。

2023-12-31

62.故障以外の原因

 Nさんは地方に出張し、営業所で借りた車で、一人で顧客の会社を目指していた。土地勘がないのでカーナビが頼りだった。
 しかし思ったより早く到着した目的地で、変だと思った。
 そこは田んぼや林しかなく、遠くに数軒の人家が見えるだけの、閑散とした道だった。
 自分が設定を間違えたのかと、もう一度目的地を入れ直すと、全く別の場所が示された。
 気を取り直して進み、しばらくしてある住宅街の片隅で、カーナビが目的地だと告げた。周りを探しても会社などがあるように見えない。
 機械の故障かもしれないが、もう一度入力してみると、また別の場所を示した。
 今度は無事に顧客のビルまで辿り着けた。
 仕事が終わって営業所に戻り、停めた車の横を通り抜ける時、後部座席のドアと窓に、ベッタリと目立つ手形が付いているのを見つけた。
 最初は確かに綺麗だったし、借りた営業車なので、拭いてから返そうとした。だがドアのは拭き取れたのに、窓のはゴシゴシ擦っても取れない。
 そこでNさんは気付いた。
 窓の手形は内側に付いていたのだ。

2023-12-31