39.その家の裏

 Fさんの悩みは隣に住む女だった。
 何年も探してやっと見つけた綺麗で設備も良い理想の中古住宅だったのに、入居してすぐに嫌がらせが始まった。元の持ち主は、ここは息子のために建てた家だと言っていた。仕事の関係で地元には戻れなくなったので、盆暮れの帰省で泊まる以外は、ほとんど使っていなかったそうだ。隣も自分の土地で、親族が住んでいると聞いていた。

 隣の女は顔を合わせる度「出て行け!」「ここに住むな! 」などと叫ぶ。ゴミを投げ入れるとか車を傷つけるとか、嫌がらせはエスカレートして行った。向かいに住んでいる元の持ち主に話して注意してもらっても、しばらく経つとまた始まった。近所の人に聞くと、あの女は昔からおかしい奴で色々問題を起こしたという。母親が出て行ってからは余計ひどくなり、誰とも付き合わないのだそうだ。我慢できずに警察に相談し、監視カメラをつけて証拠を集めるようアドバイスされた。仕方なく高価なカメラを設置すると、今度は裏に回って植木鉢を割られた。しかし画面では見えていなくても、音は入っていることに気付いた。

 ある日音声をPCに取り込んで処理し、かすかにしか聞こえない声のボリュームを上げてみた。
 するとその声は確かに「ここに埋めたのに⋯」と言っていた。

2019-03-16

38.皆殺しの家

 私が若い頃住んでいた町に、ある洋館があった。庭には樹木が鬱蒼と生い茂り、階段部分と思われる丸い塔が印象的な、小さな屋敷だった。友人と前を通った時に、その話を聞かされた。本当にそんな事があったのかどうかは、分からないと言っていた。
 この屋敷は近所で「皆殺しの家」と呼ばれており、そのきっかけはずっと昔の一家心中事件だった。ひとり十代の少年だけが生き残り、他の家族全員を殺したのではないかと噂が立った。その後長い間空き家だったのだが、敷地の一部にアパートが建ち、大家をしている男が生き残りの息子かもしれないという。
 「全部ただの噂だけどね」と友人は言って、「でも⋯」と続けた。
 「うちの犬達が散歩の時、あの家に近づくのをすごく嫌がるのよ」

2020-02-27

37.提灯谷

 秋の連休に実家に帰ったAさん。父とキノコ狩りに山へ入った。子供の頃はよく行った馴染みの山なので油断してしまい、気がつくと父とはぐれていた。道に戻って待とうと思ったが道も見つからない。そんなに山奥には入っていないはずなのに、どっちに行っても田畑も見えない。完全に迷っていた。うろうろするうち日も暮れて、森の中は暗くなった。どうしようかと思っていたら、かすかに話し声が聞こえた。足元に気をつけながら声の方に進むと、大勢の人間が話しているらしい。黒い木々の影の間から、遠くにたくさんの明かりが見えた。それが並んだ提灯のようだったので、村で祭りでもやっているのかと思った。真っ暗な斜面を慎重に進んで行き、しばらく下にばかり気を取られていた。平らなところに出て顔を上げて、やっと正体が分かった。人魂の群れだった。
 慌てて斜面を戻り、つまずいたりぶつけたりしながら必死で走った。心臓がばくばくして限界になった時、不意に明るくなって視界がひらけた。村に出ていた。
 まだ日暮れでもなかったという。

2018-11-16

36.通り道

 山の麓の村で子供達が聞かされるのは、山で草がなぎ倒されているのを見つけたら、何をしている途中でも一目散に逃げ帰れという言いつけだった。草原に1メートルくらいの幅で押しつぶされた痕が、蛇行しながらどこまでも続いているのを見た人は、何人もいるのだった。

2018-11-16

35.鳥

 Gさんにはもう40年も心に引っかかっている記憶がある。彼がまだ故郷の山間の村に暮らしていた頃の話だ。
 その日昼食を食べ終わって車に向かうと、頭上を大きな黒い影が横切った。見上げるとそれは、翼を広げた長さが5メートルもある鳥だった。車庫の大きさと同じくらいだったので間違いない。しかもその鳥は人間の幼児を掴んでいたのだ。
 追いかけたが見失い、慌てて家に戻り家族に訴えたが相手にされず、夢でも見たんだろうとからかわれた。警察へ電話しようとしたのも止められた。
 誰にも信じてもらえなかったので、Gさんはそれ以来この件について喋らなかった。しかし行方不明事件がなかったかずっと気にかけていて、子供が見つからないと聞くと巨大な鳥を思い出してしまう。
 今でもふと、あの時どうすれば良かったのかと考える。

2019-03-26