63.あるはずがない

 Sさんがある海沿いの道を運転していた日のこと。
 急カーブが続く区間で、Sさんのバンを追い越していく家族連れのセダンがあった。その先はヘアピンなので「おいおいそんなに飛ばすなよ」と思った瞬間だった。カーブの先で、ドカン・ガシャンという大音響と共に悲鳴が聞こえた。
 スピードを落としてゆっくり角を曲がると、見えてきた光景に、Sさんは唖然としてしまった。
 道が突然途切れ、道沿いの丘と同じくらいの高さのコンクリート壁が、行く手を塞ぐように立ち上がっていたのだ。
 セダンは壁に衝突していた。車から出て怪我人を確かめようか、それともまず先に救急車かと、携帯を探している時、背後でまたドカン・ガシャンという大音響と共に悲鳴が聞こえた。後続車がSさんのバンに衝突し、Sさんは弾き飛ばされていた。
 救急車で病院に運ばれた後、事情聴取に来た警官に、壁のことを話すと「あぁ壁ね」とため息をついた。
 セダンの家族も壁に衝突したと言っていた。しかし壁なんて無かった。あるはずもない。現にセダンには、多重衝突で後ろからSさんの車にぶつけられた跡はあったが、フロントは綺麗で、家族全員大した怪我もなかった。
 そんなはずはないとSさんは主張したが、事故で頭を打った人と思われたのか、あまり話を聞いてもらえなかった。いずれにしても最初にあんな所に停車したセダンが悪いのだから、心配するなと言う。
 Sさんもあの道路は何度か走っているので、壁なんかあるはずないと思いつつも、釈然としない出来事だった。

2023-12-31

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