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第9景

「夢想宮・少女」

 あたしは産まれるとすぐ、集中治療室に入ってたんだって。
 何ヶ月もたって、やっと家に引き取っても、小さくて弱くて、しょっちゅうお医者さんに連れてってたって、パパが言ってた。
 最初の長期入院は、小学校に上がって2ヶ月目くらい。
 やっと学校に慣れて友達も作ったのに、そのあとあんまり通えなかった。始めはお見舞いに来てくれた子達も誰も来なくなって、半年ぶりに登校したら、友達グループができててどこにも入れないの。勉強もわかんなくて、毎日行かないとムリっぽいのに、遠くの病院まで検査行ったりで、ママが通わせてくれなかった。
 学校行った日も、体育はあたしだけ見学。給食も食べれないし、午前中で帰ってた。いっしょに遊べないし、つまんなかった。
 2年生になってから初めて登校した時なんか、みんなにこんな子いたっけって顔された。 

 気分悪くて家で寝てる日はママがいて、掃除が終わると見に来て、洗濯が終わると見に来て、料理が終わるとまた見に来てくれた。でも夕方近くになると働きに行っちゃった。
 パパが帰ってくるまでの間は、お兄ちゃんかお姉ちゃんが居てくれる約束だった。勉強も教えてくれたけど、お兄ちゃんは自分の用事があると出かけちゃう。ママが居なくなるとすぐに出ていって、パパが帰る前に戻って、ずーっと居たフリしてた。
 お姉ちゃんは出かけるのはたまにで、その代わりよく友達を家に呼んでた。お姉ちゃんの部屋に入ると怒られるから、あたしはひとりで楽しそうな笑い声を聞いてた。
 お兄ちゃんもお姉ちゃんもずるいよ。

 ママが出る時に、家に居てほしいなって言ってみたら、お兄ちゃんがあたしに怒鳴った。お前の薬代で金がかかるんだろって。ママはごまかそうとしてたけど、すごく困った顔してた。


 4年生からはほとんど病院。5年生から小児専門病棟があって、院内学級もあるところに転院した。そこであの子に会ったの。

 歳は1歳しか違わないのに、すごく物知りでしっかりしてる男の子。同じ病気かって聞いてきた。そうだって言ったら、大人達が内緒にしてる話を教えてくれた。
 あたし達は大人になるまで生きられないって。

 あたしは驚かなかったよ。お薬を飲んでも、どんどん悪くなってたから、治らないんだろうと、なんとなく思ってた。 
 院内学級で知り合った子達の中には、退院した子も居たけど、歩けなくなって部屋から出られない子もいた。別の病棟に移された子は、誰も戻って来なかった。


 あたし達は毎日検査や検診が済むと、待ち合わせてお喋りした。病院はだいたい時間が決まってる。何時ごろ見張りの人が居なくなるかも知ってた。図書室に入って、奥にある子供向けじゃない棚から、勝手に本を出して読めるとこだけ読んでた。
 他の病棟には行っちゃいけないんだけど、あっちこっち探検したよ。小さい頃から、あれもこれも禁止されてばっかり。でもあの子と一緒なら大丈夫な気がした。検温の時間に間に合えば平気。
 少しだけ自由になれた気がしてた。
 だけど外に出ようとすると、必ず見つかって連れ戻される。外来に犬連れてる人が来てるって聞いて見に行ったら、触ってもいないのに遠ざけられた。一般病棟の人と喋ってるだけで、注意される。

 気持ち悪くなって起きれない日は、あの子が自分の病室を抜け出して、会いに来てくれた。歩き回れないと、本もビデオも観たやつばっかりで、面白いこと何もない。それでも側にいてくれた。
 ぼく達はずっといっしょだよって言ってくれた。


 ママは毎日来た。でも疲れた顔してた。パパは週1回で、来た時は何か買ってくれた。
 お兄ちゃんとお姉ちゃんはめったに来なくて、家から遠い学校に進学するのに、もっと勉強しなくちゃだって言った。あんなとこまで通えるのって聞いたら、前の家売って引っ越したんだよって。
 知らなかった。
 あたしはもう家に戻れないから、知らせなくてもいいと思ったのかな。
 あの子に話したら、きっとお金がかかるからだって教えてくれた。この病院高いんだって。病気になったあたしが悪いのって言ったら、君は悪くない。でもぼく達は家族の重荷になってるって。

 あの子は弟に、にいちゃんのせいでパパとママ離婚するかもしれないって言われたんだって。にいちゃんの話でいっつも喧嘩してて、全部にいちゃんのが先で、ぼくは我慢しろって怒られる。にいちゃんなんか死んじゃえって泣きわめいたんだって。
 あたしは聞いてて涙が出た。なんで君が泣くのって笑われたけど、あたしにはすごくわかる。泣きたいのはあの子の方だ。
 あの子のお父さんは、小さい頃よくサッカーボールなんかを持って来て、いっしょに遊ぼうとしたんだって。すぐ疲れちゃうから、弱いやつはダメだって、体を鍛えさせようとしたって。
 鍛えて強くなるなら、鍛えたかったよね。強くなりたかったよね。思いっきり遊びたかったのに、あたし達はできないのに。できなかったのに。

 病気だってわかってからは、何も言われないし、優しくしてくれるって。でもきっとパパもママもがっかりしてるって、あの子は言った。
 あたし達は我慢して来た。家族も我慢してる。あと何年我慢するんだろう。
 我慢しても、どうせ死んじゃうのに。


 あたし達は話し合って、死ぬ方法を探し始めた。
 どんどん動けなくなっていくし、治療費かかるし、何にもできないんだったら、早く死にたい。
 屋上は鍵かかってて出られなくて、非常階段は柵で囲まれてるし、飛び降りれそうな高いとこがない。首吊るのはロープないし、ロープあっても病室もトイレも引っ掛けられるとこがない。
 薬が良いんじゃないかと思った。
 図書室の奥にある医学書で調べたら、あたし達が飲んでる薬も、たくさん飲めば死ぬらしい。だけど飲まないで貯めとくのが難しかった。飲まないとすごく具合悪くなる。すぐ検査される。隠し場所も思いつかない。ママが部屋中チェックするからね。

 病院の別の建物に緩和病棟っていうとこがあって、あたし達に話しかけてくるじーちゃんがいた。ちょっと変わった人で、看護師さんに嫌われてた。
 あたし達がナースステーションの前で、薬を取るチャンスがあるかさぐってた時、じーちゃんが突然お前達何か盗む気だろと、声かけて来た。なんでわかるのって言ったら、あやしすぎて見りゃわかると言われた。
 怒られたんじゃなくて、ついでに冷蔵庫にビールあったら盗んできてくれと頼まれた。夜勤の医者が隠れて飲んでるくせに、俺には酒飲ませてくれないんだって。
 看護師がナースコールで呼ばれて、誰もいなくなった隙に、中に入って薬棚開けようとしたけど、鍵かかってた。冷蔵庫にビールはあった。

 あたし達が届けにいくと、じーちゃんは、ビールの礼にお駄賃くれるって言った。お駄賃はいらないので薬を分けてくれませんかって、あの子が言った。じーちゃんは何にも聞かないで、そこらに放り出してあったのをほらよってくれた。もっとありませんかって言ったら、じーっとあたし達を見つめた。

 じーちゃんは、あたし達に、やめなさいって言わなかった初めての大人かもしれない。今までしたかったことは、たいてい誰かに止められた。
 あたし達の話を聞いたあと、じーちゃんは言った。
「まっとうな人間なら止めるべきだろうよ。残念ながら俺は違う」「死ぬなって言うには、そいつが抱えてる死にたいほどの苦しみを、何とかしてやらにゃならん」「俺にはそんな親切心も時間もねえな」「父ちゃんや母ちゃんが悲しむぞとか、綺麗事言う気もねえ」「お前達が最期に、本当にやりてえのが、それだってんなら、いいよ。やれよ」
「ただし⋯」とじーちゃんは言った。遺書を書いて理由をくわしく説明すること。絶対誰かのせいにしないこと。馬鹿な子供が馬鹿だから死んだと思われるのが、一番いいと言った。

 じーちゃんも助からない病気だった。
 すごく痛いから痛み止め渡されるけど、飲むと死ぬの早くなるらしい。俺は少しでも長生きして、家族をうんざりさせてやりたい。薬は全部お前らにやる。隠し場所ないんだったらここに入ってるから取りに来いって、薬のいっぱい入った小さい金庫見せて、暗証番号教えてくれた。
 この薬なら楽に死ねるだろうよって言ってた。


 その夜、あたしとあの子は並んで窓から外を眺めてた。金庫はもう取って来てた。遺書も書いてあった。
 考えたらあたしは、いっつも窓から外ばっか見てる人だった。
 家の窓から、自転車で走ってくお兄さんを眺めたり、散歩中の犬を見てた。
 学校の窓からは、校庭で体育してるクラスメートを眺めて、病院に来てからは、車で通勤してくるお医者さんや、通りでランニングしてるお姉さん、毎日色んな人が通り過ぎるのを見てた。
 あたしは向こうには行けない。
 普通の、誰にでもできそうなこと、あたし達にはできない。
 あたし達のせいじゃないのに、家族もみんな大変になる。
 こんな世界なんか壊れちゃえばいいんだ !

 生まれ変わって、別の世界でまた会おうねって、約束した。
 今度は思いっきり走ったり、犬を飼ったり、学校に行ったり、できなかったことしようねって約束した。
 あたし達は、必ずめぐり合って、いっしょに大人になるんだ。
 どんな場所に生まれても、きっと探し出すから。
 
 あの薬を飲むのは大変だった。
 ふたりとも、むせて吐き気がして涙が出て、がんばってたくさん飲み込んでも、すぐになんか死ねなかった。あたしはのたうちまわって苦しんだ。
 あの子がどうだったかも分からない。
 だけど探すから。
 きっとまた会うんだから。