
「回想・男」
俺の最初の記憶は、雑魚寝をしていた小屋の様子だ。
臭くてボロくてひどい所だった。
産まれた村や両親の記憶はない。
どうせ村は焼き払われて、両親は殺されたんだろう。子供達は皆そうやって連れて来られる。
俺の国ではずっと内戦が続いていた。
最初こそ社会の変革を訴えて、国民の支持もあった反政府軍は、政府軍の圧倒的な軍事力に追い払われて、山中に拠点を移し、尖鋭化したあげく腐り切っていた。禁製品の取引で稼ぎ、村を襲って食糧を奪い、子供をさらって兵隊にする。女の子は売られた。
小屋にぶち込まれた子供達は、ろくな食事も与えられず、重労働に使われる。喋ると殴られ、もたもたすると殴られ、逃げ出そうとするとリンチにあった。夏は暑く、冬は寒く、栄養失調の上に感染症もあって、1年で3割も残らない。5年後に生きていたのは1割くらいだろう。
生き残った者には、読み書きと計算・武器の扱いの訓練が行われた。
覚えが悪いとやっぱり殴られるし、腹いせに他の子供をいじめる奴らも居た。上手く立ち回らないと生きていけない。俺も生き残るために何だってやった。
そう、俺は生き残ったんだ。
さっさと死んだ方が楽だったのに、汚くずるく生き残ってしまった。
最初に前線に駆り出されたのは、まだ13歳の時だ。体が大きかったので、お前はもう戦えるだろうと、訓練所を追い出された。
山中を歩き回り、くたくたになっても休めない。休んでいる時に限って戦闘が始まる。だいたいは遠くから撃ち合うだけで、相手の顔も見ないで終わる。殺し合っている実感がないのに、新兵は最初の戦闘で8割が死ぬ。側に居た少年が、突然ばったり倒れて死んでる。
俺は生き残った。
それからずっと俺は山の中で、ひたすら殺し合って生き延びて、殺し合って生き延びて、ただ命令に従うのに必死だった。自分達が何の為に何をしてるのか、聞いても誰も判らないし、考えるゆとりもない。逆らっても逃げても銃殺だから、死ぬまで戦う以外の選択肢はない。
真っ当な神経の人間が生き残ってるはずもなく、仲間も信頼できなかった。夜中に人の荷物をあさって盗む奴がいる。民間人を襲撃する奴らもいる。反政府軍は嫌われ者で、ヤクザと同等の目で見られていた。実際ほとんどが、そのような集団だった。
上官も持ち場も何度か交代した中に、一人だけ俺達を町に連れて行ってくれる男がいた。自分が遊びに行きたいからだろうが、小遣いが支給されて、自由行動が許された。小遣いは元々俺達に支給されていて、今までの上官が渡さなかっただけらしい。物資を持ち帰る拠点に時間通りに戻れば、好きにして良かった。
俺はそこをすごく大きい町だと思っていた。後になって聞くと、たいして大きくはなかったようだ。
珍しいので見物して回ると、どこに行っても露骨に嫌な顔をされた。民間人は誰も俺達と関わりたがらない。それにもし政府軍や警察に捕まったらおしまいだ。だから自由行動でも、逃げられる場所はなかった。
一度反政府軍に入れられたら、もう人生終わってる。
結局俺はいつも町外れの娼館で、時間を潰していた。
娼婦達も俺達と似たようなものだ。反政府軍に捕まったり、ヤクザに騙されたり、貧乏な親に売り飛ばされたりしてた。
娼婦達からはくだらない話も、真面目な話も聞いた。ある少女はここを出て普通に暮らしたいと言い。別の女は無理だと言う。ほとんどの女は、病気かヤク中で若いうちに死ぬし、生きていても故郷には戻れない。娼婦だったと知られたら、除け者にされる。
俺が自分達と同じだと言ったら、違うと言われた。私達は人殺しじゃないと。
俺の唯一の楽しみは、ひとりでこっそり聴くラジオだった。
小さなラジオは、死んだ敵兵のポケットに入っていた。俺達はいつも、死体があると使えそうなものを持ってないか探した。良いものがあると古参兵に取られていたから、他の兵隊には隠していた。
自分が一番の古参兵になっても、ラジオを聴く時は、野営地から離れてひとりでいた。ラジオのニュースで、この国や世界がどうなっているか、少しずつ知った。教官や上官が、教えてくれなかったような話だ。
俺たちの国も、戦闘が行われているのは一部地域で、政府軍の掌握地域は平和に暮らしてるらしい。ラジオを聴くまで知らなかった。隣の国は全土が平和で、戦争なんてしていなかった。ラジオを聴くまで知らなかった。世界では、戦争をしてる国の方が少ない。それも知らなかった。世界は全部戦場で、皆が殺し合って生きてると思っていた。だから俺も、そうやって生きるしかないんだと思ってた。
娼館の少女は、普通に暮らしたいと言っていた。あの時は聞き流していた普通の意味が、俺には判らなかった。普通だという暮らしを、俺は知らない。
ある年、隣の国に、津波というものが押し寄せた。
大勢が死んで、大きな被害があった。
ラジオから、被災地の人々の嘆きが聞こえていた。「妻が亡くなりました」「子供が行方不明です」「友達が犠牲になりました」「家が流されました」「何もかも失いました」
俺はあの人達が失ったと嘆いていたものを、何ひとつ持っていなかった。
今からでもどこかに逃げきれれば、普通に暮らせるのだろうか。何かを手に入れられるのだろうか。だが娼婦達が言った通り俺は人殺しだ。殺し合いしか知らない俺が、戦場しか知らない俺が、普通に暮らす様子を想像できなかった。
あの日俺達の部隊は、国境地帯の、山頂付近に居た。どんどん下って行けば、国境に出る。昔はここから隣国に逃げたいと思った。だが反政府軍が常に重点警戒してる地域なので、逃亡兵は必ず見つかる。周辺をうろうろするだけで、すぐにとがめられるので、じっくり景色を眺めるのも無理だった。
もう俺に説教できる奴は、上官以外いない。みんな死んだ。俺は生き残った。俺は隣国が見たかった。反政府軍しかいない地域だし、いつもの警戒心が緩んでいたのだろう。
山頂の一角に、眺望のひらけた場所があり、はるか遠くに海が見えた。
俺はひとりで海を眺めていた。海を見るのは初めてで、双眼鏡でじっくり観察していた。
銃声がした時、俺は反射的に屈んだ。衝撃はあったのに、自分が背中を撃たれているのを、しばらく理解しなかった。 立ち上がれず、振り向くのがやっとで、敵がどこに居るのか見つけられない。
2発目が来た。腹を撃たれた。なんとか銃を持ち上げて、そいつの方に撃ち返した。手応えはあった。
10メートルほど先を、俺の部下になったばかりの2名が、横切った。ひとりを抱きかかえながら、山を下って行こうとした。俺はありったけの弾を、そいつらに喰らわせてやった。二人とも坂を滑り落ちた。
そして俺も、動けなくなった。
血が流れていた。おびただしい量で、視界も赤くなり、世界が真っ赤に見えた。汗が吹き出して全身が燃えるほど熱く、次に震えるほど寒くなった。
夜になると動物がうろつき、俺はまだ生きていて、闇の中で光る獣の瞳と睨み合っていた。
夜が明けると傷口から嫌な匂いがし出し、痛みで意識が飛んだりまた目覚めたり、どのくらい経ったのかも判らなくなった。
ついに誰も俺を探しに来なかった。
重点警戒で常にパトロールしてる区域じゃなかったのか。ふざけんなよ。
だったら俺は逃げられたんじゃねえか。なんだよ馬鹿野郎。俺は馬鹿か。
どいつもこいつも馬鹿ばっかりなんだ。兵隊も馬鹿だし、上官も馬鹿だ。もっと上の連中はもっともっと馬鹿だ。 俺たちの国は何をやっている? 馬鹿しかいねえ国か。なんでこんな国にした !
こんな世界は壊れちまえよ ! !
俺は血と汗と膿と、ウジと大小便にまみれて死んだ。
2025-04-26 23:06
