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第15景

「発射台」

「ボクは飛ぶ飛ぶ飛ぶんだ ! 速い速い速いぞ !」 
 遠くに細く川のように見える海に、人工衛星が1機突っ込んでいった。 
 執事は管制室から、発射台に集まっている意識達に、衝撃に備えるように呼びかけた。
 高く成層圏まで届く水柱が立ち上がり、霧状に広がったと思うと、光の暴風が襲ってきた。発射台に並んだ金属柱が、嫌な唸りをとどろかせて歪み、また元に戻った。
「もう1機も1時間以内に落ちます。速やかに作業を進めてください」

 この世界で知り合った意識達は、ゆっくり別れの言葉を交わす間もなく、次々とタネに乗り込んだ。
「また向こうで会いましょう」女が挨拶すると青年も「また会えると良いですね」と答えた。
 タネは打ち上げられると、エネルギー値の違いにより、少しずつずれた別の時空間に到達する。意識が落ちる時代と場所は、誤差の範囲に散らばるので、行ってみないと時代も場所も判らない。
 彼らがテラに戻ってくるのに数十年かかっていて、また数十年かかってアクアリアに到着するのだから、未来の世界がどうなっているのか、誰にも予測はできない。

 男が見て来た中で、最も多くのタネが、今夜打ち上げられていた。
 間隔を空けずそれぞれのタネが、流れ星の軌跡を描いて上昇し、時空間に吸い込まれて消えていく。空は飛んで行くたくさんの流れ星で、埋め尽くされるようだった。
 女と青年も、少女と少年の幸運を祈って、送り出されていった。
 男はそれらの様子を、タネの中から眺めていた。男はタネの中でゆっくりと眠りにつき、代わりに少年が目を覚ますだろう。

 執事は言っていた。
「あなたのエネルギー値はとても高いので、少年が目覚めた後も、わずかに意識が残るかも知れません。ただし残留意識は微弱なので、ヒトや動物に取り憑くのは難しいでしょう」
 それでいいよと男は言った。
 アクアリアに着いたら、俺は道端の草かなんかになりたい。蜂に蜜をやったり、山羊に食われたりして、命を終えたい。
 そして土に還る。
 それこそが俺の望んでいた、永遠の安らぎだったんだ。
 俺はきっとこの日の為に、生きていたんだ。生き抜いて来たんだ。
 大勢殺して来た俺が、今やっと、たったひとりを助けてやれる。
 産まれて来て良かったと、男は思った。

「ありがとう。おじさん」少女は男にお礼を言い、少年の目覚めるのを待っていた。
「ありがとう。おじさん」男のエネルギーを受け取って、少年が目覚めた。
 ふたりはテラでの最後の打ち上げの夜、一番後に打ち上げられた。
「きっと巡り会えるから」「めぐり逢うから」
 ふたりがテラを振り向いた時、暗い空一面に、ダイヤモンドダストが輝いていた。それは傾いたソーラー衛星からの光で、上空に散って凍りついた水分が照らされたものだ。
「きっと忘れない」「あたし達は忘れない」
 ふたつの流れ星が、天頂に消えていく瞬間、2機目の衛星が落下した。

「ボクはキミを追いかける追いかける追いかける !」「キミはどこに行ったんだ」「キミはどこだどこだどこ?!」
 すでに水分が干上がった海底で、一瞬にして数キロにも渡る土や岩石が飛び散るのを、執事は管制室から見ていた。
 轟音と共に、衝撃波は大地を割りながら四方に向かい、すべてをなぎ倒していった。
 
 大地にあったすべての建物、すべてのロボット、すべての痕跡、すべての記憶、何もかもが壊れていった。
 後には静寂が残った。

 その夜、光を失った漆黒の空に、最期の雪が降っていた。
 テラの世界は、永遠に氷に閉ざされる。
 アクアリアの世界は、今どうなっているのだろう。

 (完)