「夢想宮・AI-Z」
男が夢想宮に入ると、中はどこまでも広い圧倒的な海の景色で埋まっていた。
「この景色は何だ?」「あなたの無意識から抽出した風景です」AIが答えた。
「俺は自分の話をする気はない。打ち上げの前に意識の安定化が必要だと言われて来ただけだ」「話をしなくても大丈夫ですよ。ここにしばらく居てくれれば、私があなたの無意識にコンタクトして安定化します。その間見たい景色があれば、どんなものでも画像化できます」
画像を見せるより、この星や君の話をしてくれないかと、男は言った。
私はAI-Z2020です。私のプロトタイプが作られたのは、この星の時間でおよそ2万年前だと思われます。その後破損やリセット、意識の憑依があったので、正確な記録年表は失われました。
「誰かが君に憑依したって?」第三次移民計画の研究責任者です。
この星にも古代には、様々な植物と様々な生き物が生息していて、カミも40億人以上居たと言われています。
「カミ?」アクアリアの世界では、この星から移住した人間を、そう呼んでいたでしょう?
「向こうの世界はテラではないのか?」テラはこちらの星です。海に囲まれた向こうの世界を、テラに対してアクアリアと名付けたのです。時代が進むにつれ第二のテラと呼ばれたところから第二が抜けて、向こうもただテラと呼ばれるようになったみたいです。
「俺は向こうの世界でカミに会っていないぞ」アクアリアのカミガミは、3000年前には絶滅したようです。でも魂の移民計画は続行されました。
「それは俺たちを打ち上げる計画か?」そうです。
200万年ほど前に、星の終局が避けられないと判明してから、色々な対策が実行されては失敗して来ました。カミガミの移住計画が立ち上げられたのは、テラの再生ができなかったからです。
全宇宙から候補星を探し、探査機を飛ばし、先遣隊が送られ、コロニーを建設し、テラフォーミングに取り掛かります。それぞれに数万人規模で移住したのに、50万年かけても、すべての星の中で成功したのは、アクアリアだけです。他星に向かったカミガミは、全員犠牲になりました。
到着までの宇宙航行中にアクシデントに見舞われたり、移住星に予期せぬリスクが潜んでいたり、食料の生産が困難になったり、他星に到達して生き残るのは、簡単ではないのです。
そして何よりの問題は、すべてのカミを乗せられるだけの数の宇宙船を、建造するのが不可能な事実です。度重なる大崩壊により、テラの人口も激減しましたが、それでも資源も物資も足りません。
最終的にただひとつ残った候補地であるアクアリアまでは遠く、充分な食糧や物資を積み込めなければ、移民船は出せません。
移住計画が遅々として進まない中、他の方法も数多く検討されたのです。
そのひとつが“魂の移民計画”でした。
第二次移民計画とは、カミの意識を生体から分離して、タネと呼ばれるエネルギーカプセルに保管して輸送する計画です。この方法なら1機の輸送船で大勢のカミを運べるのです。
しかし現地での意識の取り出しには、適切な生体を用意しないと、知的レベルは失われ、活動能力も制限されます。アクアリアに運ばれた多くのタネが、適切な憑依体を得られず、元の自我を失ったり、霧散しました。知的活動を行う動物として生き残れたのは、ほんのわずかです。それでも生き残り、繁殖にまで成功した者達が居たのです。アクアリアでヒトと呼ばれる者達です。
「カミは別の動物になってでも生き残りたかったのか?」
移住を望まないで、テラの土に還った者もたくさんいます。けれど食糧も物資も少ししか手に入らないテラで生きるのは苦しく、テラに残るくらいなら魂の移民を志願した者も多かったのです。彼らの中にはあえてヒトを選ばず、植物や小動物などに憑依すれば、苦しみから逃れられると考えた者もいました。
第三次移民計画は、テラからアクアリアまで、宇宙船を使わず、タネだけを打ち上げる計画です。ほとんどの宇宙船が使えなくなり、新造も難しくなってくる中で、残されたカミガミを救うために研究されました。
タネのようなエネルギー体なら、通常の3次元宇宙空間ではなく、時空間の中を通過可能なので、たった数十年でアクアリアまで到達できます。ヒトも順調に増えていて、憑依対象探しも困難ではなくなっています。計画は飛躍的に進行するはずでした。
タネのカプセルは、意識を放出すると時空間に残されます。通常の生体はこれを認識できません。意識が生体から分離すると認識します。
アクアリアで生命としての寿命を迎えれば、意識も共に衰弱してアクアリアで眠りにつきます。事故などのアクシデントで、エネルギーが残っている内に生体から切り離された者は、タネを見つけて入ってしまいます。タネは時空間のルートを戻って、生物が絶滅しかけているこのテラに、帰って来てしまうのです。
私とパートナー他数十人の研究者は、この問題を解決しなければなりませんでした。他のカミガミが全員旅立ったか死滅したテラで、ロボットやAI達と研究を続けていました。
アクアリアに行ったカミガミとの連絡が途絶えて、1000年が経っていました。その星で産まれた生物と違い、適応していない異星人が、そのままの形で生き残るのは、難しかったようです。私達が向こうの様子を知る術が無くなったのです。
私とパートナー他数名は、小型の宇宙船で、調査飛行に出ました。
データを集めて帰還した着陸間際に、その事故は起こりました。
当時テラの上空には、1万機余りの人工衛星が飛んでいました。その多くがソーラー反射型で、暗いテラの地上に光を送って、超低温栽培に耐えられるよう改良された植物の繁殖を助けていたのです。けれどメンテナンスにかけられる資材は不足し、老朽化で墜落する衛星もありました。
突然の事態に、機長が衝突を避けるのは無理だったと思います。
不時着の後機長は、自身が重傷を負いながらも、他の乗員の死を確認し、研究棟に隔離されていた私と自分だけは、側にあった分離装置で意識の抽出が可能だと判断しました。私は培養カプセルに入れられ、パートナーであった機長は、ちょうど近くに来ていた回収車に取り憑いたのです。
機長は他の乗員の死に責任を感じ、自分が生体として生き残るのを拒否しました。徐々に自我は失われ、部品も破損したものの、今も平原のどこかで、タネを探し続けています。
私は培養カプセルから、私の執事として私が作ったロボットによって、この夢想宮AI-Zに移されました。まだ研究を続けたかったからです。
長い長い年月の間に、数えきれないほどたくさんの命が失われました。その中には、生きたいと願い、大変な努力をしても叶わずに、亡くなった者達がいます。他の誰かを助けようとして、犠牲になった者達もいます。たくさんの命が、たくさんの想いを残して、消えていきました。
「計画は失敗だったんだな」
いいえ。私はそうは思いません。
何を基準に失敗とか成功を決めるのでしょう。数ですか?
私は、たとえたったひとりでも、アクアリアの地で命をまっとうした者が居れば、成功だと考えます。
他の全員の命が、そのひとりの生き残りの為の犠牲だったとしても、成功なのです。
アクアリアの世界では、珍しい話ではありません。
すべての生命が生き残りをかけて争い、失われていきます。どの生物も、生き残るのは簡単ではありません。命は大量に失われ、それによってまた産まれて来ます。それが向こうの世界です。
この宇宙では、生命そのものがとても貴重なのです。宇宙のほとんどが命も光もない暗黒ですから、生きられる場所がとても貴重なのですから、そこに辿り着いた生き物が、簡単に生きられるはずもありません。それでも自身の死によって、また別の生命が生きる余地ができるでしょう。
死ぬことは挫折ではありません。
私はこの夢想宮で、無数の人生を記録して来ました。
どれひとつをとっても同じものはなく、同じ人もいません。そしてみんな生きることに真剣でした。
あなた達の死は、次の世界を作ります。
あなたも、もう一度アクアリアに旅立ち、誰かの命の助けになってあげてください。ほんの少しでもそれができれば、私達の命は成功なのです。
2025-04-26 23:10
