6.人喰い沼

 小学生の時1年だけ住んでいたM市は、当時まだ田園地帯が広がり、夏休みの子供が駆け回れる場所がたくさんあった。ただ農地に入ると大人に叱られるので気を付けなければいけない。特に、ある広大な畑の持ち主は凄い剣幕で怒るのに「ひょこひょこ走りで追いかけて来るのがおもしれー」と言ってわざと入る子がいた。その男子が上級生達に呼び止められて聞かされた話。

 道路から一段低くなっているこの畑の中央に、鬱蒼とした雑木林が見える。そこには地元民から”人喰い沼”とか”投げ込み沼”と呼ばれている場所があり、畑の持ち主が幼い頃、決して近付くなときつく言い付けられていた。だがある日どうしても沼を見たくなり、親の目を盗んで林に分け入った。

 それは思っていたより小さくて汚い沼だった。濁った水を覗き込んでも何も無く、つまらなくなって引き返そうとすると、泥に足を取られて滑ってしまった。

 靴を濡らしただけで済んだので、家に帰ると外で靴と足を洗ってバレないようにした。ところが母親が戻って来た途端に怒鳴るので、振り向くと自分の歩いた後に、沼から家の中までくっきりと泥の足跡が続いている。

 すぐに風呂に入って足をよく洗うように言われたが、風呂の湯がいつまで経っても熱くならない。母親を呼んだら母は悲鳴を上げた。いつの間にかお湯が泥水に変わっていた。

 風呂を出ると近隣の大人が全員集まっていて、一人だけ見知らぬ老人が混ざっていた。老人は彼の側に来て頭を撫でながら「喰わせてやるしかない」とつぶやいたと言う。

 怖くなって逃げようとしたが捕まり、ぐるぐる巻きにされて沼に連れて行かれたのだそうだ。

 私達はその話を聞いてから、あの畑の方へは行かなくなった。持ち主のおじさんの足が義足だと知っていたからだ。

2017-08-21 18:58 

5.窓の中

 昔近所に知人が居た。安く借りられたと喜んでいた部屋は、細い道路を挟んで目の前に隣の建物が建っていた。採光が良くなかったけれど、帰りが遅いので気にしなかった。ある朝ジャケットのボタンが取れ、慌てて付けて出て行った彼女は、帰ってからカーテンの開けっ放しに気付いた。閉めようとして隣のビルを見ると、部屋の中に緑色のソファーに横たわる男が居て、顔だけこちらに向けていた。急いで閉めたのだが、ソファーに見覚えがある気がした。

 ある晩タバコを吸う友人が訪ねて来た後、換気の為開けていた窓を閉じようとして、またあの男を見た。同じ格好で彼女を凝視していた。ギョッとしたその時、不意に隣のビルに明かりが点き、そこがオフィスだったと分かった。何かを取りに来たらしい人が、すぐに明かりを消すと、隣の窓に自分の部屋が映り込んだ。自分の後ろにソファーがあり、男が寝ていた。彼女はすぐに部屋を逃げ出し、引っ越すまで決して一人では戻らなかった。

 あのソファーは部屋の内覧に来た時見たものだった。業者の人が「前の住人が突然出て行ってしまって、家具がそのままなんですけど、今週中には片付けますから」と言っていたのも思い出した。
 彼女はもうこの街には住みたくないそうだ。

2017-04-13 18:32 

4.体当たりするモノ

 我が家の近くの橋の側では交通事故が多く、決まって夜中の2時頃に急ブレーキ音が聞こえる。ガードレールや電柱に衝突して止まっている車の運転手は、皆決まって「その前に何かがぶつかる衝撃があった」と証言する。

2017-01-27 17:42 

3.夜桜の下

 もう随分前だが桜の時季にある公園を歩いていた。夜の8時半ぐらいだったと思う。その少女を見たのは林の中の小道だった。

 真っ暗な木立の奥に白い服を着た10歳くらいの女の子が立っている。恐い顔で何かを見つめていて、その視線の先には中年男性3人組がいた。彼らは何も気づかず、和やかに談笑しながら少し前を歩いていた。特に変わったところはないように思えたが、少女はずっと彼らを目で追って睨んでいた。不気味だったので花見客で賑わう広場に出るとホッとした。

 先を行く3人は、すでに飲んでいたサラリーマンのグルーブに合流してシートに座った。すると隣で帰り支度をしていた親子連れグループで、突然赤ちゃんが泣き出した。母親があやしても火がついたように激しく泣き、追い打ちをかけるように小さな子が悲鳴を上げ始めた。

 私は横を通り過ぎながら、離れた場所にいた別の少年も、真っ青になって固まっているのに気付いた。
 少年もまたあの男性達の方を凝視していた。

2019-03-28 00:01

2.花見の夜に

 知人が大学生の頃引越しをした。ちょうど桜の季節で、丘の上の彼の部屋の窓からは、下の道路の桜並木が眺められた。友人達を花見に呼んで夜中まで話し込んでいると、窓辺を何かが通った気がした。しばらくすると友達の一人も「今誰か通ったか?」と言う。すぐに外を確認したが窓の下は3メートルほどの崖だし、左右には塀がある。気のせいだろうと話したのに今度は全員が目撃した。子供がすごい速さで通り過ぎた。そんな速さで駆け抜けられるような場所ではないと判っていたし、怖くなって窓を閉め部屋を出た。

 次の日大学でこの話になると「酔っ払ってたんだろう」と笑われ、確かめてやると言う友人がやって来た。夜中まで暇を潰し窓を開けて待った。午前0時を過ぎてからその出来事は始まった。だいたい2・3分おきくらいに誰かが一瞬で通り過ぎる。背が低いので子供だと思っていたが違うようだ。最初は唖然としていた友人が面白がり始め、何度目かに「おい! 」と声をかけた。それはピタッと止まりこちらを向いた。子供どころか人間ですらなかった。

 目の部分が黒い空洞に見えるそれは、こちらを向いたまま動かなかった。驚いて立ち上がろうとすると、獣のような唸り声を出すので動けない。やがて次のそれがやって来て横に並んだ。二人ともガタガタ震えながら何とか少しづつ下がったが、激しく唸られ今にも襲われそうだった。さらにまた次が来て並んだ。ようやく玄関までたどり着くと、靴も履かずに外に出てドアを閉め逃げた。

 家族も友人達も誰もこの話を信じてくれなかった。二度と同じことが起こらなかったからだ。

2018-04-01 00:00