37.提灯谷

 秋の連休に実家に帰ったAさん。父とキノコ狩りに山へ入った。子供の頃はよく行った馴染みの山なので油断してしまい、気がつくと父とはぐれていた。道に戻って待とうと思ったが道も見つからない。そんなに山奥には入っていないはずなのに、どっちに行っても田畑も見えない。完全に迷っていた。うろうろするうち日も暮れて、森の中は暗くなった。どうしようかと思っていたら、かすかに話し声が聞こえた。足元に気をつけながら声の方に進むと、大勢の人間が話しているらしい。黒い木々の影の間から、遠くにたくさんの明かりが見えた。それが並んだ提灯のようだったので、村で祭りでもやっているのかと思った。真っ暗な斜面を慎重に進んで行き、しばらく下にばかり気を取られていた。平らなところに出て顔を上げて、やっと正体が分かった。人魂の群れだった。
 慌てて斜面を戻り、つまずいたりぶつけたりしながら必死で走った。心臓がばくばくして限界になった時、不意に明るくなって視界がひらけた。村に出ていた。
 まだ日暮れでもなかったという。

2018-11-16

32.挨拶

 かなり昔の夏の午後。親戚宅で数人がくつろいでいた。
 開け放してあった戸口から、近所の子供が中を覗き込んだ。
 「〇〇ちゃん麦茶でも飲んでけよー」と声をかけたが、その子はペコッと会釈をして行ってしまった。そのままおしゃべりを続けていて、一人がふと「あの子はどこへ行くんだろう」と言い出した。子供が向かった道の先に家はなく、村の墓地があるだけなのだ。
 皆で首を傾げていると、近所の人が「さっき子供が死んだ」と知らせに来た。

2019-08-16 16:00

29.墓参

 祖父の新盆にRさんが本家に到着したのは夕方だった。親族はすでに墓参を済ませ、慌ただしく宴席の用意をしていた。Rさんは手伝わなくていいと言われ、手持ち無沙汰だったので、線香を手向けに墓まで行ってみることにした。
 田舎の墓地はとても広い。いつもは大勢で行くので、誰かと一緒に歩いていれば良かった。ひとりだと大体の見当はついていても、久しぶりのせいかたどり着けない。
 すでに日が傾き始めた薄暮の中、たくさんの線香の煙で霞がかかり、余計場所が分かりにくくなっていた。まだあちらこちらに人が歩いていたし、そこら中に灯明もあったので、怖くはないが迷ってしまった。

 どうしようかと思った時、後ろから「〇〇」と自分を呼ぶ声がして、振り向くと急に視界がクリアになった。さっきまであんなにたなびいていた煙が消え、灯明も無くなっていた。歩いていた人達も誰もいない。
 声が聞こえた方に祖父の墓があったのだった。

2019-08-13 16:00