
Jさんが幼かった頃、奇妙な車列を見たことがある。
10台くらいの軽トラが連なって、真っ黒で巨大な木桶を運んでいた。蓋をして縛った桶を重ね、それぞれの荷台に積めるだけ積んで、目の前を通り過ぎて行った。運転席には運転手以外に2・3人ずつの大人や子供が座っていた。
一緒に居た両親に「あれは何?」と聞いたら、どちらも押し黙って怖い顔をしていた。
ずっと後になって、家族でその時のことが話題に上り、大人達から事情が聞けた。
Jさんの出身は当時住んでいた町ではなくて、ずっと山奥の村だったのだそうだ。

昔 雪の降る晩、Jさん一家の住居に、一人の若い女が訪ねて来た。近隣の村では見た覚えのない顔だった。
応対に出た母に「飯を食わせてもらいたい」と言った。母はどうしたものかと考えた。雪の中で道に迷ったのかもしれないと思ったからだ。 しかし後ろから見ていた祖母が「家に入れてはならん!」と叫んだ。祖母はとても感が鋭く、人を見抜く目も確かだった。母は、台所にあったあり合わせの食べ物を包んで来て、戸口で渡し中には入れなかった。女は無言で去った。
小一時間が過ぎて、深々と降る雪の中に、悲鳴が聞こえたような気がした。しばらくしてまた悲鳴が聞こえ、遠くかすかに悲鳴が続いた。家族は集まって相談した。この当時村に電話は無く、下の集落までは雪が無くても男の足で30分はかかった。街灯も無い真っ暗な中、何が起こっているか分からないのに、外に出るのは得策ではなかった。
家族で集まってやり過ごし、夜が明けるとすぐに父と祖父が、様子を見に出て行った。

まず隣の家に向かうと、まだ薄明かりの中、家の者が全員庭に出ていた。それぞれがバラバラに、あっちこっちを向いて、ただ立っていた。変わりはないかと尋ねると、何もないと言った。女も見ていないと言う。その口振りがどこかおかしかったものの、別の家に向かった。
十数軒あった村の家を全部廻り、全部の家が同じだった。
皆が「何もない」「何もなかった」「何も起こっていない」と答えたが、不気味だった。
この日から村人達は、ほとんど話さなくなり、無表情になったのだ。
Jさんの一家は村を出た。
村を出ると告げた時も反応が無く、見送りもなかった。二度と戻らなくて済むように、運べるものは全部車に積んで、親類を頼りに町に出て来たのだという。

あの日見た車列の軽トラに乗っていたのは、全員村人達だったのだ。
どの家も、その後誰かが来た様子もなく朽ち果て、廃村になった。
2023-03-01