
小学生の時1年だけ住んでいたM市は、当時まだ田園地帯が広がり、夏休みの子供が駆け回れる場所がたくさんあった。ただ農地に入ると大人に叱られるので気を付けなければいけない。特に、ある広大な畑の持ち主は凄い剣幕で怒るのに「ひょこひょこ走りで追いかけて来るのがおもしれー」と言ってわざと入る子がいた。その男子が上級生達に呼び止められて聞かされた話。

道路から一段低くなっているこの畑の中央に、鬱蒼とした雑木林が見える。そこには地元民から”人喰い沼”とか”投げ込み沼”と呼ばれている場所があり、畑の持ち主が幼い頃、決して近付くなときつく言い付けられていた。だがある日どうしても沼を見たくなり、親の目を盗んで林に分け入った。

それは思っていたより小さくて汚い沼だった。濁った水を覗き込んでも何も無く、つまらなくなって引き返そうとすると、泥に足を取られて滑ってしまった。
靴を濡らしただけで済んだので、家に帰ると外で靴と足を洗ってバレないようにした。ところが母親が戻って来た途端に怒鳴るので、振り向くと自分の歩いた後に、沼から家の中までくっきりと泥の足跡が続いている。
すぐに風呂に入って足をよく洗うように言われたが、風呂の湯がいつまで経っても熱くならない。母親を呼んだら母は悲鳴を上げた。いつの間にかお湯が泥水に変わっていた。
風呂を出ると近隣の大人が全員集まっていて、一人だけ見知らぬ老人が混ざっていた。老人は彼の側に来て頭を撫でながら「喰わせてやるしかない」とつぶやいたと言う。
怖くなって逃げようとしたが捕まり、ぐるぐる巻きにされて沼に連れて行かれたのだそうだ。

私達はその話を聞いてから、あの畑の方へは行かなくなった。持ち主のおじさんの足が義足だと知っていたからだ。
2017-08-21 18:58