43.眼

 Lさんが大学生の時、初めての彼女が出来た。当時2時間近くかけて自宅から通学していたので、便利な場所で一人暮らしをしたくてたまらなかった。そうすれば彼女とも、好きなだけ一緒に居られる。

 帰りが遅くなったある夜、大学の構内で先輩に声を掛けられた。「部屋を探してるんだろう?」彼が住んでいたアパートが、破格の値段で借りられると教えてくれた。あまり話した覚えのない男だったが、あちこちで安い部屋がないか尋ねて回っていたので、誰かに聞いたのだろうと思った。

 次の日そのアパートを見に行って大家に会った。大学3年だと伝えると、ちょうど良いと言う。取り壊しの予定があるので、卒業までなら安い値段で住んで良いそうだ。Lさんは引っ越しを決めた。

 その部屋は隙間風が吹き込んでとても寒く、壁の継ぎ目から明かりが漏れるようなボロ屋だった。それでもLさんは彼女と過ごせるだけで嬉しかった。あの晩小さな亀裂に気付くまでは…。

 壁と柱の間の低い位置に、亀裂があった。そこから射し込む隣の部屋の明かりが、大きくなったように感じた。屈み込んで確かめると、目が合った。向こうからもこちらを覗き込んでいた。
 Lさんはギョッとして、すぐにそこを塞ぐように家具を置いた。彼女には黙っていた。しかしそれ以降彼女は、異臭がすると訴え始めた。次第に自分でも匂いが分かるようになり、大家が確認すると、隣の部屋の住人が首を吊っていた。
   先輩だった。

 今でも信じられないのが、警察の鑑定による彼の死亡時期は、Lさんが亀裂の眼を見た晩よりも、かなり前だった事だ。

2020-04-03 21:19