24.腕時計

 彼女が夫の遺品の時計を、さっさと売り払ってしまったのには訳がある。
 それはアンティーク好きな彼が、どこかで手に入れてきた手巻き式腕時計だった。状態は良く、今では手に入れるのが難しいものだと自慢していた。
 ところがそれを身につけて行った初日に、彼は交通事故にあった。幸い大した怪我もなく、病院で検査しても問題なかったが、その日は動悸がすると言って早く寝た。翌朝すっかり元気になっていたのに、帰ってくるとまた動悸がして気分が悪いという。しかし着替えて風呂に入る頃には治っていた。
 翌朝彼は時計を置いて出た。壊れていると言っていた。きちんとネジを巻いても、ある時刻になると止まってしまう。昨日も一昨日も同じ時間に止まった。
 その日の午後会社から連絡があり、夫が倒れたと聞いても、彼女には信じられなかった。まだ若く健康には自信があったのに、救急車が来る前に心臓が止まり、そのまま帰らぬ人となった。止まった時計が指していたその時刻だった。

2018-12-31 20:19