7.カノモ様

 中学時代に友人の家に連れて行ってもらって驚いた。港を望む小山の中腹まで、神社のような階段を上がって行くと、大きな屋敷と濡れ縁で繋がった離れがあり、広い庭を挟んでもうひとつの屋敷もあった。裏手の山の斜面には小さな社が据えられ、この一族の守り神を祀っている。社の中には井戸のような縦穴が開いていて、古来からこの地を治める”カノモ様”の、通り道だと言い伝えられていた。

 ”カノモ様”は新月の晩だけ現れるが、その姿を見てはいけない。誰も姿を見てはいないが、お供えの鶏やお神酒はいつも綺麗に無くなっていると言う。

 友人が生まれるずっと前に屋敷で騒ぎがあった。まだ幼かった兄によると、真夜中に突然もの凄い悲鳴が上がり目が覚めた。男の声で「来るな! 来るな! 来るなーーっ!」と聞こえた。大人達が次々に、バタバタと縁側から降りる音がして、障子を開けて廊下に出ると、真っ暗な庭で男が取り押さえられていた。彼は激しく抵抗しながら「来るな!来るな!」と叫び続け、泡を吹いて痙攣し始めた。その横では女が泣き喚き、警官や医者も駆けつけたそうだが、夜風の冷たさと眠気に負けて布団に戻り、その後どうなったかは見ていない。

 後日の大人達の会話で何となく分かったのは、男は住み込みのお手伝いさんに会いに来て、誰にも見つからないうちに引き上げようとしたが、その晩は新月で、外に出てはいけない時間だった。見てはいけないものを見たのだ。

 この辺りの者なら深夜には絶対屋敷に近づかない。他所から来たあの男は3日間痙攣し続けて死んでしまった。またお手伝いさんも様子がおかしくなり、実家に帰った。

 彼女もまた「来ないで!来ないで!来ないで!」と叫び続けていたそうだ。

2017-10-20 02:00