8.エレベーター

 高層マンションに住んでいたYさん。ある夜帰宅してエレベーターに乗ると何かがおかしい。きしむような機械音がした後、ボタンが押されてもいないのに、各階ごとに停止してドアが開いた。閉ボタンも反応せず、いちいち止まっては開いて、ゆっくりと上った。イライラしたがどうしようもなく、やっと自分の階になるところで今度は下り始めた。諦めて階段を使おうかと思った時、どこからかうめき声のようなものが聞こえた。うめき声が大きくなり、叫び声になって遠ざかって行った。怖くてどこでもいいから降りたかったが、慌てて全部の階を押してもどこにも止まらない。1階に到着してドアが開くまでの時間がものすごく長く感じられた。

 エントランスに着くと、もうエレベーターに乗る気にはなれなかった。夫にどこかで合流して一緒に帰りたいとメールし、連絡を待っていた。やがてサイレンの音が近づいて来たので、外に出てみるとマンションの前にパトカーが止まった。離れているように言われ、他のサイレンの音も次々近づいて来て、何かが起こっているのだと分かった。

 Yさんの部屋と同じ階で殺傷事件があり、犯人は逃げた被害者をエレベーター前まで追いかけて、執拗に刺していた。さらに悲鳴を聞いて様子を見に出てきた他の部屋の住民も、切りつけられたのだった。

 Yさんは亡くなった母親が、自分を守ってくれたのだと言っていた。

2018-04-19 01:44 

7.カノモ様

 中学時代に友人の家に連れて行ってもらって驚いた。港を望む小山の中腹まで、神社のような階段を上がって行くと、大きな屋敷と濡れ縁で繋がった離れがあり、広い庭を挟んでもうひとつの屋敷もあった。裏手の山の斜面には小さな社が据えられ、この一族の守り神を祀っている。社の中には井戸のような縦穴が開いていて、古来からこの地を治める”カノモ様”の、通り道だと言い伝えられていた。

 ”カノモ様”は新月の晩だけ現れるが、その姿を見てはいけない。誰も姿を見てはいないが、お供えの鶏やお神酒はいつも綺麗に無くなっていると言う。

 友人が生まれるずっと前に屋敷で騒ぎがあった。まだ幼かった兄によると、真夜中に突然もの凄い悲鳴が上がり目が覚めた。男の声で「来るな! 来るな! 来るなーーっ!」と聞こえた。大人達が次々に、バタバタと縁側から降りる音がして、障子を開けて廊下に出ると、真っ暗な庭で男が取り押さえられていた。彼は激しく抵抗しながら「来るな!来るな!」と叫び続け、泡を吹いて痙攣し始めた。その横では女が泣き喚き、警官や医者も駆けつけたそうだが、夜風の冷たさと眠気に負けて布団に戻り、その後どうなったかは見ていない。

 後日の大人達の会話で何となく分かったのは、男は住み込みのお手伝いさんに会いに来て、誰にも見つからないうちに引き上げようとしたが、その晩は新月で、外に出てはいけない時間だった。見てはいけないものを見たのだ。

 この辺りの者なら深夜には絶対屋敷に近づかない。他所から来たあの男は3日間痙攣し続けて死んでしまった。またお手伝いさんも様子がおかしくなり、実家に帰った。

 彼女もまた「来ないで!来ないで!来ないで!」と叫び続けていたそうだ。

2017-10-20 02:00 

3.夜桜の下

 もう随分前だが桜の時季にある公園を歩いていた。夜の8時半ぐらいだったと思う。その少女を見たのは林の中の小道だった。

 真っ暗な木立の奥に白い服を着た10歳くらいの女の子が立っている。恐い顔で何かを見つめていて、その視線の先には中年男性3人組がいた。彼らは何も気づかず、和やかに談笑しながら少し前を歩いていた。特に変わったところはないように思えたが、少女はずっと彼らを目で追って睨んでいた。不気味だったので花見客で賑わう広場に出るとホッとした。

 先を行く3人は、すでに飲んでいたサラリーマンのグルーブに合流してシートに座った。すると隣で帰り支度をしていた親子連れグループで、突然赤ちゃんが泣き出した。母親があやしても火がついたように激しく泣き、追い打ちをかけるように小さな子が悲鳴を上げ始めた。

 私は横を通り過ぎながら、離れた場所にいた別の少年も、真っ青になって固まっているのに気付いた。
 少年もまたあの男性達の方を凝視していた。

2019-03-28 00:01