49.予言

 Dさんは若い頃父親と反目していた。
 高校を卒業する頃には口もきかなくなっており、県外に進学した後は、実家に寄り付かないまま都会で働いていた。
 父が倒れたと連絡があってもすぐには行かないで、もう本当に悪いようだと分かってから駆けつけた。父はすでに意識朦朧としていて、たまに目を開けても、時折意味不明な話しをするだけになっていた。
 当時Dさんは夢だった仕事に就けず、彼女もできず、先の見えない生活に疲れていた。しかし父はあんなに怒っていたDさんのことを「あいつは大丈夫だよ」と、母に言ったのだそうだ。「すごく良さそうな人と結婚して子供も3人出来るんだよ」と嬉しそうに喋っていたという。それから間もなくして亡くなった。

 20年後、母から農地を手放したいと連絡が来て、手続きの為に郷里を訪れた。見納めになるので、妻と3人の子供達も連れて、家から離れた場所にある畑を案内して歩いた。帰り道で娘の一人がバイバイと手を振るので聞くと、林の中からパパにそっくりなおじさんが、ニコニコしながらこちらを見ていたと言うのだった。

2020-12-31

48.光

 Eさんが小学生の頃、仲間だけの秘密の遊び場があった。
 そこは町外れの森の入り口にある”神社”と呼ばれる場所で、本当は神道の神社とは別の、とても古い宗教施設だったらしい。参道には鳥居の代りに二本の丸太が立っていて、手水社も賽銭箱も無く、いつも閉じられている本殿があるだけだった。年に何回かは人が来て儀式を執り行っているらしかったが、普段は誰も寄り付こうとしない。それには訳があった。
 神社の奥の森は昔から、何人も神隠しに遭ったとか何か恐ろしい生き物を見たとか、不吉な話が絶えないので、行ってはいけない地とされていたのだ。
 当時はそういう噂も含めて、危ないところにいると思うとワクワクして、大した悪さをする訳でも無く、ただ大人に内緒で集まるのが面白いだけだった。

 別の街に進学したEさんが、何年かぶりに実家に戻った時、昔の仲間が集まって、久しぶりに神社に行ってみることになった。もうすぐ取り壊されてしまうので、すでに御神体も移されたと聞いた。
 境内を見て歩いていると、誰かが森に入ってみようかと言い出した。裏に回ると奥に通じる小道があって、子供時代は怖くて先に行けなかったのだ。
 小道をしばらく進むと崖にたどり着き、小さな社があってその真後ろは洞窟だった。入り口には太い格子がはめられ、数メートル先は暗くて中は見えない。社までで道は終わっていた。

 洞窟のある崖は右側が低く崩れていて登れそうだったので、みんな先に行こうと登り始めた。崖の上に立つと、それは頂上の幅が50センチほどしかない壁みたいなものだった。反対側に降りて確かめると、石を積んで作った壁に土が積もって崖に見えていた。全員そんなはずはないと思った。代わるがわる洞窟に戻って奥行きを確かめたり、壁に登って幅を確かめたりしても、つじつまが合わない。洞窟は少なくとも3メートルはあって傾斜はしていない、なのに壁は一番太いところでも1メートルくらいしかなかった。結局どうなっているのか分からず、首を傾げながら帰って来た。

 その後神社の撤去工事が始まってしばらく経ち、周辺も整地されあの壁も取り壊しにかかった日、町で多くの人が不思議な現象を目撃した。神社のあたりの森から空に向かって、白いレーザー光線のような目もくらむほど明るい光が走ったのだそうだ。工事業者に問い合わせもあった。しかしこの時現場にいた作業員は、誰も光を見ていなかった。

2020-12-31

44.寝息

 Iさんはその夜何故か目が覚めた。カーテン越しの窓がまだ暗かったので、もう少し眠ろうとして気が付いた。誰かの寝息が聞こえる。ググッ⋯グゥと少し苦しそうな低い音が、自分のすぐ側でしていた。壁際に敷いた布団と窓との間にはコタツを置いてあり、その中から聞こえるようだった。
 慌てて飛び起き電気を点け、コタツ布団をめくっても誰も居ない。一人暮らしだし、隣室の音が聞こえる部屋でもないので、不思議だった。

 だいぶ経ってすっかり忘れていた夏の夜半、またあの寝息に気付いた。布団を外してテーブルとして使っているコタツの方を向くと、窓からのかすかな明かりに浮かび上がって、黒くて丸いものがあった。急いで電気を点けて覗くと、無くなっていた。
 3回目に寝息を聞いた夜、正体を確かめたくて、暗がりの中目を凝らしてコタツの下を見ていた。小さな猫くらいの大きさの黒い毛並みの何かが、ただずっと寝息を立てていた。害は無いようだと思った。添い寝に来る同居人がいるような感覚で、2年も暮らしていたのだという。
 翌日は早朝から引越しで、遅くまで荷造りをしていた晩、壁際にダンボールを並べたので、コタツを挟んでいつもと反対の窓際で寝た。そしてまだ暗い朝方ふと目覚め、ついに見てしまった。

 それは男の生首だった。
 苦悶の表情を浮かべ、小さなうめき声を搾り出しながら、Iさんの方を睨んでいたのだ。

2020-07-10

43.眼

 Lさんが大学生の時、初めての彼女が出来た。当時2時間近くかけて自宅から通学していたので、便利な場所で一人暮らしをしたくてたまらなかった。そうすれば彼女とも、好きなだけ一緒に居られる。

 帰りが遅くなったある夜、大学の構内で先輩に声を掛けられた。「部屋を探してるんだろう?」彼が住んでいたアパートが、破格の値段で借りられると教えてくれた。あまり話した覚えのない男だったが、あちこちで安い部屋がないか尋ねて回っていたので、誰かに聞いたのだろうと思った。

 次の日そのアパートを見に行って大家に会った。大学3年だと伝えると、ちょうど良いと言う。取り壊しの予定があるので、卒業までなら安い値段で住んで良いそうだ。Lさんは引っ越しを決めた。

 その部屋は隙間風が吹き込んでとても寒く、壁の継ぎ目から明かりが漏れるようなボロ屋だった。それでもLさんは彼女と過ごせるだけで嬉しかった。あの晩小さな亀裂に気付くまでは…。

 壁と柱の間の低い位置に、亀裂があった。そこから射し込む隣の部屋の明かりが、大きくなったように感じた。屈み込んで確かめると、目が合った。向こうからもこちらを覗き込んでいた。
 Lさんはギョッとして、すぐにそこを塞ぐように家具を置いた。彼女には黙っていた。しかしそれ以降彼女は、異臭がすると訴え始めた。次第に自分でも匂いが分かるようになり、大家が確認すると、隣の部屋の住人が首を吊っていた。
   先輩だった。

 今でも信じられないのが、警察の鑑定による彼の死亡時期は、Lさんが亀裂の眼を見た晩よりも、かなり前だった事だ。

2020-04-03 21:19 

42.無限鏡

 合わせ鏡の都市伝説は多い。特定の日時に無限に映る鏡の迷路から悪魔が現れるとか、何枚目かの鏡に自分の死に顔が映っているとかだ。しかしこの現象の、真の怖さを知る人間は少ない。
 無限鏡を出現させる度に、あなたの居る世界は、少しずつずれて行く。
 昨日買ったはずの物が消えていたり、逆に買わなかったはずの物があったりする。友達が約束を覚えていなかったり、服の色が変わっていたり、何かちょっとした事が変化してしまう。これを繰り返していると、世界はどんどん奇妙で恐ろしい場所になり、元に戻る方法はない。

2020-6-19