17.夢

 Dさんはしばらく前から、空を飛ぶ夢を度々見るようになった。飛ぶ夢は学生時代にもよく見ていたが、最近のものが決定的に違うのは、とにかくリアルなことだ。夜中に、今住んでいる6階の部屋のベッドから起き上がり、玄関を出て外廊下を進む。端まで来ると手すりに上り、そこから飛ぶのだった。空を飛んで行く時の風の気持ち良さまで、実際の出来事のように感じた。

 ある晩遅くにDさんがマンションに戻ると、隣の部屋の女性がフラフラと歩いている。様子が変なので声をかけると、彼女はハッとして我に返った。自分が外廊下にいるのが信じられない様子で、ベッドで夢を見ていたはずだという。本当に歩いているとは思わなかったと言っていた。
 Dさんと隣の女性は相次いで引っ越しを決めた。

 このマンションは、飲食店やオフィスが並ぶ東西に400mほどの、都会のありふれた裏通りに建っている。しかし以前、通りの西端の高層マンションで飛び降り自殺があり、1年後にも転落死があった。2年後には東の端の方のビルで落下事故が起こり、次に西側の別のマンションで飛び降り自殺があった。さらに2軒先のビルでも飛び降り自殺があり、その隣がDさん達が引き払ったマンションだった。
  それら全てが同じ通りの南側の建物だけで起こったのだ。 

2018-08-13 21:00 

5.窓の中

 昔近所に知人が居た。安く借りられたと喜んでいた部屋は、細い道路を挟んで目の前に隣の建物が建っていた。採光が良くなかったけれど、帰りが遅いので気にしなかった。ある朝ジャケットのボタンが取れ、慌てて付けて出て行った彼女は、帰ってからカーテンの開けっ放しに気付いた。閉めようとして隣のビルを見ると、部屋の中に緑色のソファーに横たわる男が居て、顔だけこちらに向けていた。急いで閉めたのだが、ソファーに見覚えがある気がした。

 ある晩タバコを吸う友人が訪ねて来た後、換気の為開けていた窓を閉じようとして、またあの男を見た。同じ格好で彼女を凝視していた。ギョッとしたその時、不意に隣のビルに明かりが点き、そこがオフィスだったと分かった。何かを取りに来たらしい人が、すぐに明かりを消すと、隣の窓に自分の部屋が映り込んだ。自分の後ろにソファーがあり、男が寝ていた。彼女はすぐに部屋を逃げ出し、引っ越すまで決して一人では戻らなかった。

 あのソファーは部屋の内覧に来た時見たものだった。業者の人が「前の住人が突然出て行ってしまって、家具がそのままなんですけど、今週中には片付けますから」と言っていたのも思い出した。
 彼女はもうこの街には住みたくないそうだ。

2017-04-13 18:32