
当時彼女は貧乏暮らしで、知り合いの不動産屋に、どんな所でも良いから安い部屋を探してほしいと頼んであった。
連絡が来た時、相場の半額にする条件として、必ず3ヶ月以上は住む・最長で1年間は住み続けて良いが、2年目以降は通常の料金になると言われた。
この当時はまだ事故物件という言葉も知られておらず、告知義務もなかった。ただ友人だったので「幽霊が出るとかで、すぐ住人が出てっちゃう部屋なんだけど」と教えてくれた。
彼女は横になるとすぐに寝られる体質で、子供の頃から幽霊や霊感とは全く無縁だと自負していた為、平気だった。見た感じは綺麗なロフト付きワンルームマンションに、1年格安で住めるのがありがたかった。

引っ越してすぐに、何か金属音が聞こえたりするとは思っていた。
ある晩お風呂に入っていて、その音が自分しか居ないバスルームの中で鳴っていると気付いた。探しても音の出るものは見当たらない。時々鳴る音を注意深く探って、排水管から響いているのではないかとあたりを付けた。
誰かがどこかで配管を叩いているらしい。
真夜中にドスンという大きな音がすることもあった。こちらは部屋の中でしていた。眠りが浅いと目が覚めたが、他に異常はないのでまたすぐに眠った。

半年ほど経って、友人達との飲み会で遅くなった夜、シャワーを浴びていると、バスルームの外から、あのドスンという大きな音が聞こえた。びっくりしたが、いつも一瞬音がするだけで終わるので、そのまま身支度を整えてから出ようとした。
ドアが開かない。
ドアノブは回るのだが、押してもほんの少ししか動かない。何が起こったのか分からなかった。
閉じ込められたまま時間が過ぎ、叫んでも誰も来ないし、外に知らせる手段も無く、このまま一人で死ぬのではないかと恐れていると、配管を叩く音が聞こえ始めた。その音はいつもより激しく執拗に続いた。どこか別の部屋から伝わるのではなくて、明らかに彼女のいるバスルームの中で叩いていたのだ。
しばらくすると玄関のチャイムが鳴った。声も聞こえた。
それはさっき別れた友人達の声で、必死に助けを求めた。
1時間ほどで、不動産屋が鍵を持って駆け付けて、彼女は救出された。しかしバスルームのドアは壊れてもいないし、何かが挟まってもいなかった。外から簡単に開けられて、出られなかったのを不思議がっていた。
友人達は2次会で飲み過ぎて帰るのが面倒なので、一番近い彼女の部屋に泊めてもらおうと、やって来たのだった。来てくれていなかったらと考えるとゾッとした。

後日不動産屋から詳しい話を聞き出した。
前の住人はロフト部分から黒い影がぶら下がっているのを見たと言って出て行った事・その前の住人はバスルームで死んでいて、おそらくひと月も経ってから発見された事。この女性は自然死だった。さらにその前に、ロフトの梁にロープを掛けて自殺した男性がいた事。
男性の死後部屋の床を張り替えたのだが、彼の遺体は縄が切れたのか、ちょうどバスルームのドアの前に、廊下を塞ぐように倒れていたらしい。床に大きな跡が残っていて、どうしても取れなかったのだという。
そしてその後もこの部屋では、影を見たり音を聞いたり、バスルームのドアが開かなくなる事件が発生した。
大家は部屋を封鎖して、貸し出さなくなったそうだ。
2023-03-05