
ずっと以前Fさんの通学路の途中には、野原があった。子供達は皆、近道としてそこを横断していた。「あの草むらには“かまいたち”が居るから近づくな」と、祖母に注意されても、気にしていなかった。

その日、いつも何かにつけて対抗心をむき出しにしてくるクラスメイトと、言い争いをしながら野原を通った。きつい言葉を言われて、思わず手を出しそうになった時、悲鳴が上がった。クラスメイトの手のひらに、カミソリで切ったような痕があり、血が滴っていた。草で切れたのだろうが、あまりにもぴったりのタイミングだったので、もしかして自分は超能力者ではないかと考えたりした。
数日後にまた同じクラスメイトと、同じ場所を歩く機会があり、Fさんはどうしても試してみたくなってしまった。「切れろ! 切れろ! 切れろっ!!」と強く念じると、腕の外側に、シュパッと一直線の傷が付いたのだ。

家に帰ってこの話をすると、祖母は「お前は自分のしたことが分かっちょらん。“かまいたち”は戻ってくるんよ」と怒った。
しかし数年も経つとFさんは、何もかもすっかり忘れてしまっていた。ある日学校で揉め事が起き、自分を小突きまわした奴を、思いっきり突き飛ばした。倒れ込んだ相手の頬が、耳から唇のあたりまで、ザックリと切れていた。すぐに病院に運ばれたものの、傷跡はずっと残っていた。Fさんは、野原でなくても“かまいたち”は出るのだと知った。

さらに年月が経ち、働き始めたFさんが、書類の束をまとめる作業をしていると、突然手のひらが切れた。紙の端で切ったのかと思った。
数日後、外を歩いていると急に痛みを感じ、確かめると腕の外側に一直線の傷が付いていた。
“かまいたち”の件がふと頭に浮かんだのは、どちらの傷も昔見たのとよく似ていたからだ。あの時祖母が何と言っていたか、必死に思い出そうとした。
“かまいたち”は何年も後になってから、ブーメランのように自分の元に戻ってくる⋯ではなかったか。
Fさんは数年後が怖いのだと言った。
2021-07-20