28.雨男

  ある小学校の児童の間で噂が広がった時期がある。雨の日になると校門前に現れる男の、顔を見たら死ぬのだという。
  その男は黒い大きな傘を目深にさしていて、首から上は隠れている。雨が降るといつの間にか現れ、長い時間ただ黙って立っていた。校門を出る時はみんな、男の方を見ないように、走って通り過ぎていた。
  ところがある日児童の一人が、ちょうど男の目の前で転んだ。その子は立ち上がる時、ちらっと顔を見てしまった。「うわわぁ!」と叫んで走り出し、先の交差点で車にはねられた。以前にも事故の起こった場所だった。

  救急車が到着するまで側にいた友達は、その子が話すのを聞いていた。「泣いてたんだよ。ボロボロ泣いてた」「死ぬぞって言ってた」 救急車に乗るまでは会話もできたのに、病院で容体が急変した。この事件以降、雨男は見かけなくなった。

 ずっと後になって、あれは最初の事故で子供を亡くし、自殺したお父さんだったのではないかと言われるようになった。
  今はこの小学校も統廃合で無くなっている。

2019-05-11

24.腕時計

 彼女が夫の遺品の時計を、さっさと売り払ってしまったのには訳がある。
 それはアンティーク好きな彼が、どこかで手に入れてきた手巻き式腕時計だった。状態は良く、今では手に入れるのが難しいものだと自慢していた。
 ところがそれを身につけて行った初日に、彼は交通事故にあった。幸い大した怪我もなく、病院で検査しても問題なかったが、その日は動悸がすると言って早く寝た。翌朝すっかり元気になっていたのに、帰ってくるとまた動悸がして気分が悪いという。しかし着替えて風呂に入る頃には治っていた。
 翌朝彼は時計を置いて出た。壊れていると言っていた。きちんとネジを巻いても、ある時刻になると止まってしまう。昨日も一昨日も同じ時間に止まった。
 その日の午後会社から連絡があり、夫が倒れたと聞いても、彼女には信じられなかった。まだ若く健康には自信があったのに、救急車が来る前に心臓が止まり、そのまま帰らぬ人となった。止まった時計が指していたその時刻だった。

2018-12-31 20:19