56.内覧

 Hさん夫妻が見学に行った部屋は、大きなマンションの売れ残り物件だった。完成後1年以上経過しても、まだその3LDKだけ買い手が付かず、値引きするとの話だった。

 案内の業者さんと、入り口近くから一部屋ずつ見て行った。

 夫は業者さんと話が弾み、いつまで経っても最初の部屋から出てこないので、Hさん一人で2番目の部屋のドアを開けた。中にはデスクや棚が置かれていて、スーツ姿の男性が座っていた。この部屋は事務所として使っているのだと思い、慌ててドアを閉めた。だが追いついた夫達が開けると、中は空だった。

 目の錯覚だったのかもしれないが、質問してみた。

「この部屋以前は事務所でしたか?」「ええ完成後半年は事務所にしてましたけど⋯その頃にもいらっしゃいましたか?」はいと答えておいたので、夫は変な顔をしたものの、何も言わなかった。Hさんは霊感が強く、時々何かを見るのを知っていたからだ。

 3番目の部屋でも話し込んで動かない夫達を残し、広いリビングに入ると、大きな掃き出し窓の向こうのベランダに、さっきの男性が立っているのが見えた。

 彼はHさんと目が合うと、にっと笑って手摺りの上に登った。

 夫達が来たので男性の姿は消えたが、Hさん夫妻はもちろんこの部屋を買わなかった。

 業者さんに「ここは事故物件ではありませんか?」と尋ねても、「いいえここは未入居の部屋で誰も住んでいませんから」と答えるばかりだった。

 事故物件というのは、通常住人の不審死や事件事故などがあったものだ。

 この部屋に通勤していた業者の男性が、ここで自殺していたとしても、事故物件とは言わないのだろうか。

2023-03-04

17.夢

 Dさんはしばらく前から、空を飛ぶ夢を度々見るようになった。飛ぶ夢は学生時代にもよく見ていたが、最近のものが決定的に違うのは、とにかくリアルなことだ。夜中に、今住んでいる6階の部屋のベッドから起き上がり、玄関を出て外廊下を進む。端まで来ると手すりに上り、そこから飛ぶのだった。空を飛んで行く時の風の気持ち良さまで、実際の出来事のように感じた。

 ある晩遅くにDさんがマンションに戻ると、隣の部屋の女性がフラフラと歩いている。様子が変なので声をかけると、彼女はハッとして我に返った。自分が外廊下にいるのが信じられない様子で、ベッドで夢を見ていたはずだという。本当に歩いているとは思わなかったと言っていた。
 Dさんと隣の女性は相次いで引っ越しを決めた。

 このマンションは、飲食店やオフィスが並ぶ東西に400mほどの、都会のありふれた裏通りに建っている。しかし以前、通りの西端の高層マンションで飛び降り自殺があり、1年後にも転落死があった。2年後には東の端の方のビルで落下事故が起こり、次に西側の別のマンションで飛び降り自殺があった。さらに2軒先のビルでも飛び降り自殺があり、その隣がDさん達が引き払ったマンションだった。
  それら全てが同じ通りの南側の建物だけで起こったのだ。 

2018-08-13 21:00 

13.隙間

 マンションの駐車場の一番奥まった場所が、Sさんのバイク置き場だった。仕事のシフトが深夜になり、まだ暗い早朝に帰宅してバイクを止めていると、奇妙な光景に気がついた。
 マンションと隣のビルとの間は、人が横向きにならないと入れないくらい狭い。その僅かな隙間の奥に女が立っていた。横顔だし暗くて表情はよく分からない。何をしているのか気になったが、疲れていたしそのまま部屋に戻った。だが次の日の帰りに、また同じ女がいるのを見てゾッとした。

 その日の昼過ぎ買い物に出ようとすると、駐車場が封鎖されて警察が来ていた。あの隙間で、ビルから落下したらしい女の遺体が発見されていた。

 しかしSさんが見た女は、確かにしっかり立っていたのだ。

2018-08-04 02:200