44.寝息

 Iさんはその夜何故か目が覚めた。カーテン越しの窓がまだ暗かったので、もう少し眠ろうとして気が付いた。誰かの寝息が聞こえる。ググッ⋯グゥと少し苦しそうな低い音が、自分のすぐ側でしていた。壁際に敷いた布団と窓との間にはコタツを置いてあり、その中から聞こえるようだった。
 慌てて飛び起き電気を点け、コタツ布団をめくっても誰も居ない。一人暮らしだし、隣室の音が聞こえる部屋でもないので、不思議だった。

 だいぶ経ってすっかり忘れていた夏の夜半、またあの寝息に気付いた。布団を外してテーブルとして使っているコタツの方を向くと、窓からのかすかな明かりに浮かび上がって、黒くて丸いものがあった。急いで電気を点けて覗くと、無くなっていた。
 3回目に寝息を聞いた夜、正体を確かめたくて、暗がりの中目を凝らしてコタツの下を見ていた。小さな猫くらいの大きさの黒い毛並みの何かが、ただずっと寝息を立てていた。害は無いようだと思った。添い寝に来る同居人がいるような感覚で、2年も暮らしていたのだという。
 翌日は早朝から引越しで、遅くまで荷造りをしていた晩、壁際にダンボールを並べたので、コタツを挟んでいつもと反対の窓際で寝た。そしてまだ暗い朝方ふと目覚め、ついに見てしまった。

 それは男の生首だった。
 苦悶の表情を浮かべ、小さなうめき声を搾り出しながら、Iさんの方を睨んでいたのだ。

2020-07-10

8.エレベーター

 高層マンションに住んでいたYさん。ある夜帰宅してエレベーターに乗ると何かがおかしい。きしむような機械音がした後、ボタンが押されてもいないのに、各階ごとに停止してドアが開いた。閉ボタンも反応せず、いちいち止まっては開いて、ゆっくりと上った。イライラしたがどうしようもなく、やっと自分の階になるところで今度は下り始めた。諦めて階段を使おうかと思った時、どこからかうめき声のようなものが聞こえた。うめき声が大きくなり、叫び声になって遠ざかって行った。怖くてどこでもいいから降りたかったが、慌てて全部の階を押してもどこにも止まらない。1階に到着してドアが開くまでの時間がものすごく長く感じられた。

 エントランスに着くと、もうエレベーターに乗る気にはなれなかった。夫にどこかで合流して一緒に帰りたいとメールし、連絡を待っていた。やがてサイレンの音が近づいて来たので、外に出てみるとマンションの前にパトカーが止まった。離れているように言われ、他のサイレンの音も次々近づいて来て、何かが起こっているのだと分かった。

 Yさんの部屋と同じ階で殺傷事件があり、犯人は逃げた被害者をエレベーター前まで追いかけて、執拗に刺していた。さらに悲鳴を聞いて様子を見に出てきた他の部屋の住民も、切りつけられたのだった。

 Yさんは亡くなった母親が、自分を守ってくれたのだと言っていた。

2018-04-19 01:44