
Hさん夫妻が見学に行った部屋は、大きなマンションの売れ残り物件だった。完成後1年以上経過しても、まだその3LDKだけ買い手が付かず、値引きするとの話だった。
案内の業者さんと、入り口近くから一部屋ずつ見て行った。
夫は業者さんと話が弾み、いつまで経っても最初の部屋から出てこないので、Hさん一人で2番目の部屋のドアを開けた。中にはデスクや棚が置かれていて、スーツ姿の男性が座っていた。この部屋は事務所として使っているのだと思い、慌ててドアを閉めた。だが追いついた夫達が開けると、中は空だった。
目の錯覚だったのかもしれないが、質問してみた。
「この部屋以前は事務所でしたか?」「ええ完成後半年は事務所にしてましたけど⋯その頃にもいらっしゃいましたか?」はいと答えておいたので、夫は変な顔をしたものの、何も言わなかった。Hさんは霊感が強く、時々何かを見るのを知っていたからだ。
3番目の部屋でも話し込んで動かない夫達を残し、広いリビングに入ると、大きな掃き出し窓の向こうのベランダに、さっきの男性が立っているのが見えた。
彼はHさんと目が合うと、にっと笑って手摺りの上に登った。
夫達が来たので男性の姿は消えたが、Hさん夫妻はもちろんこの部屋を買わなかった。
業者さんに「ここは事故物件ではありませんか?」と尋ねても、「いいえここは未入居の部屋で誰も住んでいませんから」と答えるばかりだった。
事故物件というのは、通常住人の不審死や事件事故などがあったものだ。
この部屋に通勤していた業者の男性が、ここで自殺していたとしても、事故物件とは言わないのだろうか。
2023-03-04