60.外を見てはいけない日

 Mさんの実家は代々庄屋で、近代になっても親族が村長などを務め、祭りなども取り仕切って来た。

 この村には神様が通る日というのがある。神官や村長など限られた役職の数人だけが、村外れの丘に登り、お迎えの儀式を行う。他の者は雨戸を閉ざして家にこもり、外に出てはならない決まりだった。神様は姿を見られるのを嫌うのだ。Mさんも子供の時分から、掟を守るよう固く言いつけられていた。M家の者は村人の見本にならなければいけないと、厳しく躾けられて逆らってはならなかった。

 高校生の頃、祖父が儀式の為に家を出る際、念を押すようにわざわざMさんに「外を見るなよ」と言った。信用されていないようで、ムッとした。祖父はいつも、Mさんにだけ特にうるさかった。

 この日は祖母や母など女衆は、宴席の用意で忙しく、父や兄は儀式の手伝いで神社に行く。いつも一緒だった下の兄も、この年から手伝いに参加していた。

 一人で暇だったMさんに、外を見てやろうかという考えが浮かんだ。丘の神域や神社以外には誰も出ていないのだから、家の者にさえ気付かれなければ、前の道を通るという神様が見られるかもしれない。ラジオをつけっぱなしにして居るように装い、自室の窓からそっと庭に出た。庭に面した裏木戸を少しだけ開けて、道の様子を覗うと、やはり誰も居ない。電柱と塀の間に隠れて神様が来るのを待った。

 神様は割とすぐにやって来た。道のずっと先から、赤い着物を着て赤い面を被った誰かが歩いて来る。

 なんだ人間じゃないかとガッカリした時、突然バケツの水をぶっかけられた。いつの間にか後ろから来ていた別の者がいて、やはり赤い面を着けていた。頭からモロに浴びせられて驚き慌てたMさんは、急いで家に引っ込んだ。

 自室に戻って服を見たら、真っ赤に染まっていた。洗面所に駆け込み鏡を見ると、顔も真っ赤だった。

それから一週間ほど、顔や手の赤い色は取れなかった。もちろん家族にバレたし、祖父にきつく怒られた。一族の恥だとまで言われ、元に戻るまで家から出してもらえなかった。

 この行事は元々、村の掟に従わない者を、炙り出す目的で始まったのだと聞かされた。

 Mさんはこの村を出る決心をした。

2021-03-14

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