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第4景

「夢想宮・女再び」

 私はまだ物心つかない頃に、高熱を出して死にかけたらしい。
 だから小さい頃は、よく生きてたと可愛がってもらえた。
 うちは惣菜店をしてて忙しかったけど⋯そうそう、昔は叔父さんが近所に居て、遊園地や動物園に連れてってくれたんだっけ。親は毎日お小遣いをくれて、なんでも好きなおやつを買えた。

 私が高1の時に母さんが倒れた。
 それからは店を手伝わなきゃならなくて、大学に行きたかったのに、父さんが行かせてくれなかった。
 2つ年上の姉には、お母さんを安心させろと、結婚を勧めた。姉は紹介で相手を決めて、大きな店を何軒も持ってる家に嫁いだ。
 実際母さんはとても喜んでた。でも結婚式からひと月後に死んだ。

 私は毎日朝から晩まで、父さんと働いた。母さんが居なくなって寂しくて、父さんは頑固になってた。
 父さんは、私に店を継がせるつもりで、厳しく仕込んでると言った。お前にはどうせ結婚相手が見つからないからと言われ、悔しかった。だけど父さんから、すべてを教わってたおかげで、ひとりになっても困らなかったのよね。

 私には高校生の時に恋人がいた。
 同じクラスの子で、学校の帰りはいつもいっしょで、よく話をした。休みの日には二人で映画館に出かけた。毎週いろんな映画を観ては、遅くまで遊んだ。
 彼と同じ大学に入ろうと約束してたのに、私は家を出られなかった。
 しばらくは彼から手紙が来てたけど、返事を書く気分じゃなくて、出さないでいたら、いつのまにか途絶えた。

 あの当時は商店街に活気があった。
 どの店も繁盛してたし、町内会でバスを借りて、みんなで旅行に出かけたりして、楽しかった。
 父さんが死ぬ少し前頃から、通りを歩く人は減ってた。
 父さんの葬式が済んだら、姉は店を売って財産を分けようと言ってきた。私は断った。私は自分の夢をあきらめて、父さんと頑張って来たのよ。早くに嫁に行った姉に、店を売れと言う権利はないわ。それからほとんど連絡を取らなくなった。

 本当はあの時が、最後のチャンスだった。
 店を畳んで大きな街に行って、自由にやり直せたのに。
 後になって、あの時期姉の嫁ぎ先の経営が、傾いていたと聞いた。お金持ちの家で、悠々と暮らしてると思ってたら、苦労してた。私も若くて、人の事情まで考えられなかったし、意地になってた。

 駅の方にショッピングセンターが建ってからは、人の流れが変わった。商売は苦しくなったけど、私は工夫して上手くやってた。

 忙しい時間帯だけ来てもらう近所の主婦がいた。仕事をちゃんとこなして、頭も良さそうだった。3ヶ月ほどで辞めてしまい、残念だった。ところがショッピングセンターの中にオープンした店舗に、あの女がいた。
 常連客にあちらの方が安いと言われ、売り上げは落ち込んだ。

 私は休みもなく働いてきた。店が休業日でも、やっておかなきゃならない仕事がある。何もかも自分でこなしてた。
 毎晩お風呂の後に、テレビを観ている時間が、息抜きだった。
 珍しい建築物のある遠くの街や、自然にあふれた観光名所を、いつか歩いてみたいと思いながら、眺めてるのが好きだった。

 ある日厨房設備のセールスマンが訪ねて来た。断っても何度も来て喋っていった。店の設備は古く、お金があったら、とっくに替えてた。資金がないと言ってるのに、 貯め込んでるって聞きましたよと言う。誰がそんな噂を流してるのか。私は男を追い出した。
 
 そしてもっとひどいのは、その男と私との噂だった。
 あの日、裏の窓を開けようとしたら、路地から声が聞こえた。
「あいつ見ると嬉しそうな顔しちゃってさ」「ああいうのは、すぐにのぼせ上がんのよ」それが私の話だと、しばらく聞いてて分かった。
 私は嬉しそうな顔なんかしてないし、のぼせ上がってもいない。

 下世話な話しかしない隣近所が嫌だった。下品な会話が嫌いだった。嘘をついたり、人を見下したり、低俗な連中が嫌いだった。

 厨房に戻ると、フライヤーが燃え上がっていた。準備中なのを忘れていた。
 消火器はあるのに、動けなかった。
 立ちのぼる赤い炎が美しかったから。このまま全てが燃えてしまえば、せいせいすると思ったから。
 熱さに耐えられなくなって、初めて我に返った。
 このまま外に逃げたら私はどうなるのだろう。
 隣近所に迷惑をかけて、それからどうなるのだろう。
 階段を上がって、煙を吸って、最期に見たのは1本の木だった。昔母さんが植えたもので、たくさんの白い花が咲いていた。白い花に火が点き、炎の花になって散っていった。

 みんなみんな燃えてしまう。
 こんな世界は壊れてしまえ。
 だけど壊れて行く世界は、どうしてこんなに美しいのだろう。