zombiekong art は 怪談・写真・画像・小説を収める創作サイトです。
エロ・グロ・ヘイトを含まない、安心して読める作品を目指しています。

第2景

「夢想宮・女」

 私はまだ物心つかない頃に、高熱を出して死にかけたらしい。
 昼間から元気なかったのに、店を閉めるまで放っておいたら、危険な状態になっていたとか。
 だから小さい頃は、両親に可愛がってもらえたんじゃないかな。
 でもうちは惣菜店をしてて忙しかったから、色んなとこに連れてってくれたりは無かった。毎日お小遣いをくれて、勝手におやつを買って食べとけとか、そんな感じ。

 私が高1の時に母さんが倒れたのね。それからが大変だった。
 父さんに店を手伝わされて、勉強しようとすると怒られた。そんな暇があったら、家事をやれと言われた。女には学問なんかいらないと思ってるような、古い人間だった。
 私は成績が良くて大学に行きたかったのに、父さんは許さなかった。
 2つ年上の姉には、お母さんが生きてるうちに安心させろと、結婚を勧めた。大人しい姉は口答えもせず、何回か目の紹介で相手を決めて、大きな店を何軒も持ってる家に嫁いだ。
 実際母さんは喜んでた。でも結婚式からひと月も経たないで死んだ。

 残された私は、毎日朝から晩まで、父さんにこき使われてた。元々気難しい人だったのが、もっと頑固になってた。母さんが居なくなって、寂しかったんだろうけど。
 父さんは、私に店を継がせるつもりで、厳しく仕込んでると言った。勝手に将来を決めないでよと言い返すと、お前のような愛嬌のない女は、どうせ結婚相手が見つからないと言われ、悔しくて泣いた。

 私にはね。高校生の時に恋人がいたのよ。
 同じクラスの子で、向こうから声をかけて来たの。私の読んでた本が、自分の好きな作家のなので、感想が聞きたいって。
 学校の帰りはいつも一緒で、休みの日には二人で映画館に出かけた。父さんにどこに行くんだと咎められても、友達と映画と答えれば、相手は女の子だと疑いもしなかった。私がモテるはずないと決めつけてたから。
 彼と同じ大学に入ろうと約束して勉強してたのに、私は家を出られなかった。

 あの当時はそれでもね、商店街に活気があった。
 どの店もそこそこ繁盛してたし、ゆとりもあったから、町内会でバスを借りて、みんなで旅行に出かけたりもしてた。
 父さんが死ぬ少し前頃から、通りを歩く人がじわじわ減って、活気がなくなっていた。
 父さんの葬式が済んだら、姉は店を売って財産を分けようと言ってきた。私は断った。冗談じゃない。私は自分の夢をあきらめて、父さんと店に尽くして来たのよ。さっさと嫁に行ってなんにもしなかった姉に、なんで店を取られなきゃならないの。大喧嘩になって別れて、それからほとんど連絡を取らなくなった。

 本当はあの時が、最後のチャンスだったのよね。
 店を畳んで大きな街に行って、やり直せば良かった。
 ずっと後になって、あの時期姉の嫁ぎ先の経営が、傾いていたと聞いた。お金持ちの家で、悠々と暮らしてると思ってたら、色々苦労してたらしい。私もまだ若くて、人の事情まで考えられなかった。

 駅の方にショッピングセンターが建ってからは、完全に人の流れが変わった。商売は苦しくなったけど、私は工夫して上手くやってるつもりだった。あの女を雇うまでは。

 忙しい時間帯だけ手伝いに来てもらう人がいて、近所の主婦だと言ってた。穏やかそうに見えたし、頼んだ仕事はちゃんとこなした。頭も良さそうで、良い人を雇えたと喜んでたのよ。3ヶ月ほどで、家族の事情を口実に辞めてしまい、残念だった。それがうちのレシピを盗むスパイだったとは。
 ショッピングセンターの中にオープンした店舗に、あの女がいると聞いて、1 度だけ見に行ったわ。一瞬確かに目が合ったのに、知らんぷりされた。
 常連客にあちらの方が安いと言われ、つらかった。怒りが収まらなかった。売り上げは落ち込んだ。

 私は休みもなく働き続けてきた。店が休業日でも、やっておかなきゃならない仕事は山ほどある。ひとりで何もかもこなして、せいいっぱいだった。
 毎晩お風呂の後に、テレビを観ている時間だけが、息抜きだった。
 他に何も無かった。
 遥か遠くの街や、観光名所を、いつか歩いてみたいと思いながら、ぼーっと眺めてるのが好きだった。多分一生行けないのは、頭のどこかで気付いてたけど。

 ある日厨房設備のセールスマンが訪ねて来た。そんな余裕はないと断っても何度も何度も来て、しつこく喋っていった。店の設備はどれもすごく古い。替えられるお金があったら、とっくに替えてた。資金がないと言ってるのに、 貯め込んでるって聞きましたよと言う。誰がそんな噂を流してるの。なんで。私は男を追い出した。
 
 そしてもっとひどいのは、その男と私との関係の噂だった。
 あの日、裏の窓を開けて換気をしようとしたら、隣の路地から声が聞こえた。
「ブサイクなおばはんがさ、あいつ見ると嬉しそうな顔しちゃってさ」「ああいう男経験のないのは、すぐにのぼせ上がんのよ」それが私の話だと、しばらく聞いてて分かった。
 私は嬉しそうな顔なんかしてない。のぼせ上がってなんかいない。なんで。なんで。なんでなの?

 下世話な話しかしない隣近所が嫌だった。下品な会話が嫌いだった。嘘をついたり、人を見下したり、低俗な連中が大嫌いだった。
 私はずっと耐えて来たんだ。耐えてたんだ。すべてに。

 涙をこらえて厨房に戻ると、油を入れたフライヤーが燃え上がっていた。調理の準備中なのを忘れていた。
 消火器はあるのに、立ちすくんだまま動けなかった。
 立ちのぼる赤い炎が美しかったから。このまま全てが燃えてしまえば、どんなにせいせいするかと思ってしまったから。
 熱さに耐えられなくなって逃げようとして、初めて我に返った。
 このまま外に逃げたら私はどうなるのだろう。
 隣近所に迷惑をかけて、後ろ指刺されて、責められて、それからどうなるのだろう。
 泣きながら階段を上がって2階に向かい、煙を吸って激しく咳き込み、最期に見たのは1本の木だった。昔母さんが裏窓の側に植えたもので、たくさんの白い花が咲いていた。白い花に火が点き、炎の花になって散っていった。

 みんなみんな燃えてしまえ ! 何もかも燃やし尽くせ !
 こんな世界は壊れてしまえ ! !

2025-04-26 22:53