「平原・男と執事」
「生きる意味が判らなかった」“男の意識”がつぶやいた。
「意味が判らないと生きられませんでしたか? 」“執事”が尋ねた。
「生きられた⋯というより死ぬのが怖かった」「きっと死んだ方が楽なのに、死ぬ時の痛さや、その先を想像すると怖かった」
「今はどうですか?」
「安らいでいる」
「何者にも脅かされずに、こんなに安らいだことはなかった。だからずっとここに居たい」
「しかしこの星は壊れかけているのです」
執事と呼ばれるロボットの視線の先には、薄暗い荒野が広がっている。所々にわずかな草が生えているだけで、どちらを見回しても、ただ穏やかな起伏が続いていた。
「地平線のあたりに細く明るい線が見えるでしょう?」
執事が指差す方に、わずかにきらめいている場所がある。「あの海が干上がったら終わりです」
「終わるとどうなるんだ?」
「すべてが凍りついて動かなくなります」
それで良いのではないか、と男は思った。
流れ星が落ちてくる。
空を横切りながら燃え尽きて行く弱い光の筋をたどって、回収車が落下点に向かう。 回収車1319号は、地面を探知して小さなカケラを見つけると、そのまわりを旋回していた。「ワタシはタネを集めます」「集めたタネを培養ドームに運びます」 しかし彼は、いつまでもぐるぐる回るだけだった。ピックアップアームが外れていて、もう何も拾えなかった。
低い高度の大気圏外では、2機の巨大人工衛星が、加速しながら飛び続けていた。
「ボクは飛んでいるんだ」「ボクは飛んでいるんだ」「ボクはもっと飛ぶんだ」「ボクは速く飛ぶんだ」「もっと速く! 速く! 速く!」「飛ぶんだ ! 飛ぶんだ ! 飛ぶんだ !」「ボクはキミを追いかけるんだ」「キミを追いかけて一定の距離を保つんだ」「距離を保つようにプログラムされているんだ」「キミと離れちゃいけないんだ !」
2機からのシグナルは、今も地上の管制塔に届いている。管制塔からの指示の方は、ずっと前から2機に届いていなかった。
「打ち上げができるのはあと数回でしょう」
「最後の打ち上げに間に合わない者もいるのです。何故行けるあなたは行かないのですか?」
「おれはもう産まれたくないんだ」
執事と男の会話の間にも、また流れ星が落ちていた。
「では夢想宮を尋ねてください」「いやだね」
「お前たちはあそこでニセの記憶を植え付けているんだろう」「いいえ。セラピーを受けてもらっているだけです」「セラピーなんか必要ない。俺は今のままでいたいんだ」
「ではせめて夢想宮から出て来る者と話してください」
何の意味があるのかと男は疑った。それでも執事が食い下がるので、逃れるには向かうしかなさそうだった。
かつて草原だった荒野のあちこちで、回収車が探査を続けていた。タネを収容すると、すぐに培養ドームを目指して走る。急ぐ設定をされていたのに、どの車も燃料がわずかになっていて、速度を上げるのは無理だった。
タネを拾えない1319号だけは、培養ドームに戻れない。
2025-04-26 22:50
